その他版権小説
□僕の妹がこんなに病んでるわけがない
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【病んでない兄】
咲耶
(※咲耶と言うよりオリジナル兄が主人公の話です)
***
当たり前の日常。
では、『何に』ぶち当たった後ならば、非日常に成り得るのだろう。
僕はまだ、それが解らず、当たり前の日常を営んでいる。
***
自宅の鍵を開け、ドアノブを握る。その時視界に入った腕時計は、既に午後十時過ぎを差していた。
さりとて。
中学生の門限の平均など知りはしないが、僕は独り身一人暮らしの身の上なので、何時に帰宅しようが誰に文句を言われることもない。
なので。
僕は疲れ果てた体を押し込むように、無言で家に入って行った。
「・・・・・・あれ?」
いつも通り、無機質な静寂と暗闇が広がっていると思いきや。
留守番電話の赤い光が部屋の隅を気持ち悪く点滅させている。
「誰だ・・・・・・?」
今までこいつが活用された件数は片手で数えられるほどしかなかったが――それらは全て母親からのメッセージで。
うん。きっと今回もそうだろう。
僕は天井の明かりをつけ、電話に近付き、再生ボタン目がけて人差し指を伸ばす。
トゥルルル・・・・・・
トゥルルル・・・・・・
――同時に、電話の着信音も鳴り響いた。
「・・・・・・タイミング良すぎだろ」
世界の善意に騙されているような。
世界の悪意に遊ばれているような。
こういう時、どこかで誰かが僕を見ていて、僕という物語りを操作しているのではなかろうかと勘繰ってしまう。
仕組まれたルートに、仕込まれたフラグで、始めから決められていたプログラム。
そして薄れゆく現実感は、僕をその誰かへとシンクロさせ、第三者として意識だけを浮上させてしまうから。
僕は僕を観る。
内側の僕が見下ろす外側の僕。
って、何この自分だらけの自意識過剰。
笑いたければ笑え。
笑えないなら引けばいい。
でもさ、中二思考は人生の通過儀礼みたいなもんだろう?
遅かれ早かれ、濃かれ薄かれ、誰だってまとわり憑かれるものだろう?
僕は今まさに中学生。ある意味健全な成長とも言える。
「なんてな」
僕は心の中で自身に言い訳をしつつ、受話器を取った。
「もしもし?」
「っもしもし、×××!?」
「ああ?母さん?」
声の主は母だった。しかし、とても急いでいるようで息が荒い。
「何。何かあったの?」
「あんた、留守電聞いたの!?」
「いや、まだだけど」
やはりあの留守電はこの人だった。
「それがどうか「咲耶がいないのよ!」
金切り声で母が叫んだ。
「ちょ、ちょっと母さん、落ち着いてよ」
親も人の子とは解っていても、
テンパっている親の姿を見るのはあまり気持ちの良いものではない。
無条件に『大人は何でもできて、偉いもの』と信じていた幼き頃が懐かしい。滑稽過ぎて涙が出そうだ。
「×××!×××!?」
受話器越しに母の狂乱じみた声が聞こえる。
「大丈夫。聞こえてるよ」
僕はかぶりを振り、回想に一旦区切りをつけた。
さあ、意識を受話器に向き直すんだ。
「あのね母さん。咲耶ならこっちにも来ていないよ。
てか、咲耶がいないって言ったって、まだ夜の十時だろ?
僕だって今遊びから帰ってきたとこだしさぁ・・・・・・。咲耶だってまだ友達の所にいるんじゃないの?」
「違うのよ、そうじゃないのよ!」
「違うって何が」
「あの子、家出したのよ!」
***
急いで実家に駆け着けると、父が出迎えてくれた。
憔悴しきった表情で小さく微笑まれ、妙に痛々しい気持ちになる。
「×××。来てくれたのか」
「うん。僕が来たからといって問題が解決するわけでもないけどね。でも心配だったから」
「ははっ。そう言うなよ。お前が来てくれたなら、父さんはこの辺りを探しに家を出れる。
母さんは居間にいるから、ちょっと見てやっててくれ」
「ん」
僕は父さんと入れ替わるように交差し、家に上がる。久しぶりの実家だというのにせわしない。
「さてと」
居間では、母さんが落ち着きなく、動物園の熊のようにうろうろしていた。
「母さん、大丈夫?」
「ああ、×××。来てくれたのね」
「父さんにも同じこと言われたよ。あ、父さんは咲耶を探しに今出て行ったから」
「そう・・・・・・」
母さんの声は電話の時よりは落ち着いていたが、それでも通常運転というわけではなさそうだ。
今にも吐きそうな顔してるし。
「なあ母さん、立ってなくていいから座ってなよ。あと現状を教えてくれない?」
「え?ああ、そうね。そうね」
母さんは挙動不審に何度も頷き、ソファに座り、僕はその横に腰かける。
「ねえ、あんたちゃんと食べてるの?ちっとも帰って来ないから、母さん心配で――」
「いや僕の現状じゃなくて、咲耶についてだよ」
「咲耶咲耶咲耶、そう、そうなのよ。あの子ったら・・・・・・急に居なくなって・・・・・・もう・・・・・・」
母さんはそこで声を詰まらせ、会話の代わりにテーブルの上に置いてあった紙を僕に寄越した。
それは女の子が好むような可愛らしいメモ帳で。更によく見れば咲耶の文字付きだった。
【大好きな両親へ
ごめんなさい。好きな人と幸せになるため、私はこの家を出ます。
でも心配しないで?落ち着いたら、また連絡します。わがままをどうか許してください。後悔だけは、したくないの。
咲耶】
「これは――書き置き?」
僕の問いに母さんはすぐに頷いた。
「クローゼットは空っぽ。そしてそれが咲耶の机の上にあったの」
「ふうん。でもま、誘拐とか巻き込まれ犯罪じゃなくて良かったじゃないか。
中学生のかけおちなら、すぐ帰って来るよ。金もないだろうし。
明日学校に連絡したら、案外相手もすぐ見付かるかもよ?」
「・・・・・・なら良いけど・・・・・・。
でも、同級生とかじゃなく、悪い大人に騙されて、今頃酷い目に合ってるんじゃ・・・・・・」
「母さん、策を練るためではないただの憶測は心に負担だよ。
それより何か思い当たることはないの?」
「思い当たること・・・・・・?」
「そう。これは重要なことなんだ。咲耶から何か聞いたり、変わったことはなかった?」
「特に何も・・・・・・」
言いながら母さんは苦しそうだった。
娘を愛しているのに、娘について何も知らない母親。
自覚と自虐に苛われるのは、さぞやきつかろう。
「じゃあさ、父さんは?何か言ってた?」
「・・・・・・」
母さんは力なく首を振った。
「そう」
僕は短く言葉を切り、残念な様子を見せないようにした。
そしてわざと明るく「咲耶のパソコン見てくるよ。何か手掛りがあるかもしれないし」と、言ってみた。
「・・・・・・お願いね」
言って、ほんの少し、母さんは笑った。
だけど数分後。
何の手掛りもなかったと告げると、母さんは狂ったように笑い出した。
希望は絶望の引き金だ。
僕はそう思う。
ああ、父さんが帰ってきた。
母さんを見て、僕を見て、なぜだか怒鳴り声を上げている。
僕がしっかりと母を見てなかったせいだとかなんとか。
煩いな。ちゃんと観てたよ。
どこかの家の赤ん坊の泣き声まで聞こえてきた。
みんな煩い。
自己防衛からか、意識が一瞬遠のき、聴力が弱まった。
その時。
『世紀末がくるよ』
ぶわっと体全体に声が通った。
僕は振り返り、つけっぱなしの誰も見ていないテレビに気付く。
世紀末の特集だ。世界の終りがカウントダウンされている。
***
『世紀末よ、お兄様』
咲耶が僕の家で、ソファに座りながら言った。
『ああ。最近こんな番組増えたね』
僕は飲み物をテーブルに置きながら、咲耶の見ているテレビ番組を横目に入れる。
ノストラダムスの大予言というテロップが、おどろおどろしく左上で踊っていた。
さすがは九十九年、世も末だ。
地球も残す所あと七ヶ月だってさ。
僕は咲耶の隣に座り、コーヒーをすすった。
『咲耶もさ、こういうの信じてるの?』
『ううん』
ノストラダムス涙目。
『だけどねお兄様、死ぬっていう境目を意識させられるっていうか。
ほら、よく言うじゃない。お葬式に行くと死について意識させられるって。ノストラダムスもそんな感じ』
『ふうん。まあ、いいことなんじゃない?死について考えるってこと生についても考えるってことだし』
『お兄様』
咲耶は脈絡もなく、静かにテレビから僕に視線を移した。
『お兄様だったら、明日自分が死ぬとしたら、何をするの?』
『・・・・・・咲耶だったら?』
僕は質問をされたら同じ質問を返すのが基本スタンスだ。
そして相手の答えによって自分の答えも変える建前だらけでやってきた。
自分の本心を知っているのは自分だけで良い。
相手はそんなもの欲しがってはいないのだから。
『私なら――』
そんな僕とは違う咲耶。妹は迷うことなくこう言った。
『愛する人の腕の中に居たい』
『咲耶らしいね』
嘘ではなく、そう思った。
『ふふ。そうかしら?でもみんなそんなものじゃないの?』
『聞きかじりだけど、その内容でアンケートを取ったら、一位は暴飲暴食だったて』
『色気より食い気ね。でも、それもいいかも』
クスクスと笑い、咲耶は僕の顔を下から覗き込む。
『それで?お兄様は?』
『僕は――』
言いかけて、僕は瞬きを一回した。
解ってるって。大丈夫。
咲耶は、僕の答えではなく、応えを待っているんだ。
『・・・・・・僕も咲耶と同じだよ』
『お兄様・・・・・・』
ゆっくりと、唇が重なり合う。
こんな関係が、かれこれもう半年も続いている。
続けている。
咲耶は僕を好きだと言う。だけど僕は咲耶を愛していない。
突き放せないのは、性欲のせい。
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