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□僕の妹がこんなに病んでるわけがない
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花穂
【秘密の花園】
***
「お兄ちゃま。花穂のこと、見捨てないでね」
それが、花穂の口ぐせ。
兄の前だけで言う、口ぐせ。
しかし――今花穂の目の前には誰もいない。
目の前どころか、庭には花穗以外誰の姿もない。
いるとすれば――否、あるとすれば、赤く咲き乱れる花壇の花達だけ――
それでも――花穂は言う。
「お兄ちゃま。花穂のこと、見捨てないでね」
とろけそうな笑みを浮かべ、最愛の兄に語りかけるように。
「――ねえ、お兄ちゃま。花穂ね、この見捨てないでねってセリフ、自分でも重たいと思うの。自分でも疎ましいと解るの。
なのに――それでもお兄ちゃまは笑ってくれるから。見捨てるはずないじゃないかって言ってくれるから」
それが嬉しくて嬉しくて。
「お兄ちゃまは花穂の欲しい言葉を絶対にくれるから、花穂は安心して甘えられるの」
言って――花穂は花を一本折り、口付けをするようその匂いをかいだ。
「いい匂い・・・・・・。お菓子みたい」
ふんわりとした、甘い匂い。
お兄ちゃまの匂いだね、と花穂は小声で花に囁く。そしてからからと笑い、笑いながら、花びらをむしる。
ぶちり、ぶちり、ぶちり。
減っていく花びらに合わせ、花穂の目の色が暗くなる。
なのに――口元だけは笑ったまま、花穂は言う。
「ねえ、大好きなお兄ちゃま。花穂のこと、見捨てない――そう言ったよね?言ったよね?言ったよね?うん。言った――言ったんだよ、お兄ちゃま。お兄ちゃまは花穂を見捨てたりなんかしないって言ったんだよ。
・・・・・・だからお兄ちゃまが花穂を見捨てるはずがないの。
あんな女と付き合うわけがないの。あるはずがないの。
きっと――ちょっと疲れてて、判断を間違えちゃったんだよね?
えへへ。大丈夫だよ、お兄ちゃま。間違いは誰にでもあることだから。
だから間違うことは、悪いことでもいけないことでも全くないの。
間違ったら、正せばいいんだよ。
お兄ちゃまは、花穗を裏切らないって正せばいいんだよ」
言って。
花穂は花びらのない茎を持て余し、最終地点として花壇に刺した。
「お線香みたいだね、お兄ちゃま」
柔らかな風に吹かれ、花たちはさわさわと揺れる。
まるで花穂の話に頷きを返しているようだ。
「――それじゃあ行ってくるね、お兄ちゃま」
花穂はその光景に満足気に微笑むと、足元に置いておいた鞄を掴み、花壇に背を向け歩き出した。
***
「お兄ちゃまは、一生花穗を見捨てない」
花壇の下のお兄ちゃまは、一生、絶対花穗のもの。
それは、なんて素敵な秘密の花園。
終わり
→次の妹の話