雲雀が目を覚まさない。
白い寝台に横たわったまま、何本ものチューブに繋がれて生を繋ぐ雲雀の隣に立って、隼人は静かにその胸に手を乗せた。

トクン…トクンと微弱な鼓動を感じて、小さくホッと息を吐く。

まだ逝ってない。
雲雀はまだ此処に居る。

それだけが今隼人を支えていた。


「起きろよ、寝ぼすけ…」


憎まれ口を叩いても、反論は返って来ない。

手術は成功したのに、不条理だ。
落ちきっていた雲雀の生命力は、手術の後、その命を繋ぐために雲雀を長い眠りにつかせた。

死んでないけど、生きてない。

僕はそんなのごめんだと苦々しそうに呟いていた雲雀の横顔を思い出す。

色の無い液体がぽたりと隼人の頬を滑って落ちた。


「なんだこれ…水?」


流れる液体は、熱くてじんじんと頬を焦がす。
どうやら瞳から溢れ出るそれは、まるで燃えているように眼球に熱を齎した。


「雲雀」

「雲雀」

「ひばり…」

穏やかな寝顔は今にも目を開いて、「なんだよ、煩い」と言ってくれる様な気がして、隼人は一心に雲雀の名前を呼び続けた。


「恭弥」


ねぇ目を開けて…

声に成らない呟きがこぼれ落ちる。
話がしたいよ。
今、季節は梅雨に入ったぜ?
お前は雨が嫌いだって言ってたけど、裏庭の紫陽花は綺麗な花を付けてるよ。
湿気でちょっとだけ羽は重いけど、晴れた夜はまた散歩に連れ出してやる。
お前の好きなあの高いビルの上で、また人間の明かりを見ながら二人並んで…
そうだ、蛍…蛍を見ようって約束したろ?
そろそろ蛍が成虫になる時期だ。
あの小さな光る虫を呼ぶ歌を歌って…一緒に…なぁ、恭弥…


「…っ」


ぱたぱたと足元に水滴が落ちる。
苦しすぎて、膝を折って顔を覆った。
熱い雫が溢れ出る眼球を乱暴に拭って息を吐く。

出るな出るな、こんなもの。
なんだよこれ、なんなんだ?


こんなもの流したら、まるで心が先に諦めてしまったみたいじゃないか…



なにか一言と戴けると嬉しいです。



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