千紫万紅
□賽は投げられた
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たとえば、目の前の光景を全力で否定したいとき。人がとる行動というのは大まかに分けると二つある。
一つはその光景を感受する側……つまり自分の方で見なかったことにすること。
そしてもう一つはその光景そのものをぶち壊すことだ。
一般的な人間は比較的穏便な前者を選択するが、楓はどちらかといえば後者を選択したい気分だった。
「ふぅむ、つまり話を纏めると、二人は心霊または神霊的な力によってあの森に現れた、ということじゃな?」
楓は、目の前で難しそうな表情でそう言った老人をちらりと見やったのち、こくりと頷いた。
途端、三人…すなわち楓と冬梧と老人…を取り囲んでいた黒装束の集団から彼女に鋭い視線と殺気が注がれたが、当の本人は気付いていながらも大して気にもせず、しれっとした様子でただただ目の前の老人を見据えていた。
「ふむ……困ったのぉ」
「(いやいやいや、困ってんのはこっちだってば)」
ため息をつきたいのをぐっとこらえながら心の内でそうこぼした楓。
その原因は、言わずもがな目の前の人物たちにあった。
「(何で、目の前に、あの、落乱の、登場人物が、平然と、鎮座、してるわけっ?!)」
……そう、今楓の目の前に座っている老人は、どこからどうひいき目に見ても、かの忍術学園祭の学園長、大川平次渦正その人で。
さらに言うなら、彼女たちを囲む黒装束の面々はよくよく見れば忍術学園の教師たち。
ちなみに皆さんアニメ版ではなく原作……つまり落乱仕様である。
「(理解不能、意味不明。さらにいうなら荒唐無稽な笑い話の世迷い事だっつー話よ)」
確かに、会えたらいいなぁというか会いてえんだぜちくせう!くらいのことを考えたことはあっても、事実対面することになろうとは微塵も思いもしなかった人々だ。
いくら火星でも生きていけると豪語するほど適応力には自信のある楓でも、これを現実だとすぐに認めることはできなかった。
「(夢だ夢。うんきっとたぶんおそらく夢。なんだそうだよね、夢なら仕方がない)」
「……実はのぅ」
場の重苦しい雰囲気を歯牙にもかけぬ様子で大川平次渦正似の老人が口を開く。
夢だ夢だと自身に暗示をかけるのに忙しかった楓も冬梧も、その言葉につられれるようにして視線を老人に向けた。
「そちらの少年……常陸殿についてはの、儂の方でもその存在を認知しておる」
「……は?」
「え……?」
間の抜けた二つの声が重なる。
ちなみに、一応念のため言っておくと、前者が楓で後者が冬梧である。
「実は子細な訳があっての。その少年についてはわしが身請けして、この学園に通わせるということにしていたのじゃが……」
「あ、え、でもおれ、そんな話全然知らないんですけど…」
混乱した様子でたどたどしくそう言う冬梧を、老人はどこか優しげな目で見ながら何度か含むようにうなずいて見せた。
昔を懐かしむように明後日の方向に目をやると、ゆっくりと口を開く。
「話せば長くなるのじゃがな……」
「あ、なら後でお願いします」
「(えぇぇぇええぇぇ?!)」
楓が身も蓋もなく老人の言葉を遮れば、冬梧はその勇敢ささえ感じる無謀な行為に内心で盛大に驚き、黒装束の面々は遂に耐えきれなかったらしく彼女に向けて苦無を放った。
それは意図したのか否か、楓の右肩の服を掠め、老人と彼女の間の畳に突き刺さる。
「……っ」
「……。あの、ご老人、宜しいですか?」
冬梧はその鋭い刃を見て再びぴしりと硬直したが、その刃を投げつけられた当人である楓はと言えばその苦無を一瞥だけでやり過ごすと、老人に向かって話し出す。
そんな彼女の行動に黒装束の面々はさらに憤りを募らせたらしく空気の重みが増すが、彼女にはそんなものどーでもいいのだ。
そんなことより、とにかく現状の把握と今後の方針を打ち出すことこそが彼女にとって何より重要。
楓はまっすぐ老人……いや、先ほどからの一連の出来事を消化したことで最早疑いようも疑う気も失せた、大川平次渦正その人と認めざるを得ない人物を見据え、言葉を続ける。
「この少年、冬梧くんに関しては認知して処遇も決めていらっしゃるということは、問題なのは私の存在ってことですよね?」
「……うむ。そうなるのう……」
言葉を遮られたことが少々寂しかったのか、気持ちしょんぼりした様子を見せながらも渦正老人がそう答えると、楓はやおら顎に手を当てて考え込んだ。
(さてはてこの身、如何様に振る舞うべきか)