千紫万紅

□序章なんてコンナモン
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平和の国、日本。

大きな内紛や戦争に巻き込まれる事もなく、多くの国民は平和を平凡と思って生きている、この地球上で恐らく最も平穏な国。

殆どの国民は、明日の食糧の心配もなければ命の危機に脅かされることもなく、ただのうのうと生きている。

そして、そんな生き方をしているから、次第に今の自分の生活がいかに恵まれているかを失念する。


この国にもあった戦や飢饉というものも、別世界の話のように感じられてしまう。





どんなにテレビで他国の戦争だの発展途上国の食糧問題だの地球温暖化だのといったニュースが流れようが己の身辺に関わらないならどうでもいい。

そんな人は、決して少なくないと思う。


何を隠そうこの私……城崎楓も、どちらかと言えばそういった思考の持ち主である。

だってどう考えても、今、世界のどこかで困っている人に、私が出来ることなんて何一つない。

こんな小娘に戦争を止めることは出来ないし、食糧をもって今すぐ他国へ行けるわけもなければ、ちょっとひとっ飛びしてオゾンホールを塞いでくることも出来ない。



つまり、今ここ、この私の部屋で世界情勢や人類の不平等さを嘆いても、ただの時間の浪費にしかならないというわけだ。
(だから別に、私が悪いわけじゃ、ないし)



そう、私だって鬼じゃあない。もしも目の前で助けを求める人がいれば差し伸べる手くらいある。

問題はその“助けを求める人”に手が届くか否か、だ。私は鬼ではないが、届かないと分かっていながらほいほい手を伸ばすほど酔狂でもないのだから。




「(……っていうか誰に言い訳してるんだ、私)」

――ちょっと酔いが回ったかな。

そんなことを考えながら、今開けたばかりの、三本目の風呂上がりのビールの缶を置き、やや乱暴な手付きでリモコンを掴むと、ギャーギャーと喧しく世界の悲劇を訴えかけているテレビをぷつりと消す。


途端にシンと静まり返る部屋に、心なしか虚しさを感じながら、私はビール片手にパソコンの前にどっかりと座った。




「昨日模様替えしたばっかだけど……レイアウト大丈夫かな……」

寂しい一人暮らしの性、一般的に言うところの独り言を呟きながらパソコンを立ち上げ、ネットに接続する。

開設してから早くも一周年を迎えた、自分のイラストサイト(やや腐向け)のレイアウトを確認するためだ。


最近新しくジャンルに加えた落乱……もとい忍たまの部屋を付け足したそのサイトは、なかなかに好況なのである。




忍たまとは随分子どもっぽい、と思う人もいるかもしれないが、子ども向け、という先入観を取っ払ってみてみると、これがどうして、なかなか面白いのだ。

上級生たちは皆個性的でかっこいいし、下級生たちの可愛さにつけては筆舌に尽くしがたい。


先生方や水軍メンバーの大人の魅力は、いい年した私でさえくらりとくるほどだ。……おっと、閑話休題。




「うーん……今晩中に一枚くらい描こうかな……」

やっぱりあーやとか三郎とか……いや、雑伊や食伊なんかもいいかもしれない。

キイキイと、微かな音をたてる椅子を前後に揺らしながら、デスクの上の携帯をとり、時間を確認する。

ディスプレイに表示された時刻は零時少し前。今描き始めれば、どんなに遅くとも二時までにはできるだろう。

明日の一限目は講義は入ってないし、多少寝坊しても大丈夫。



「(……よし、描こう!)」

そう意気込んで、携帯を無造作にポケットに突っ込み、手に馴染んだ相棒(ペンタブ)を握ったその時。




たすけて


「…………ん?」

何か微かな音が聞こえたような気がして、後ろを振り向いた瞬間。


――くらり、

世界が、僅かに揺らいだ。

……いや、世界が揺らいだのではなく、私の体が揺らいでいた。



頭がぼうっとして、瞼が鉛のように重たく感じる。まあ平たくいえば、何故か突然ものすごく眠くなったのだ。

しかし、いくら軽く酔っていると言っても、この眠気はおかしい。
(こんな突然で、しかもこんな強烈な眠気なんて、初めてだ)(赤飯でも炊こうか)




「(……疲れてる、のかな……)」

絵を描くことは諦めてペンタブを置き、おぼろげになってきた思考を必死に働かせながらパソコンをシャットアウトする。



確かに電源が落ちたことを確認するのさえ億劫で、私はふらりと立ち上がると、覚束ない足取りながらも、まっすぐベッドを目指す。
(これが俗に言う千鳥足ってやつか)(……いや、これは眠気のせいだから千鳥足ではないな)



とりとめのない思考を巡らせながらも、何とかベッドへ到達する。

そして、倒れ込むようにベッドに横たわると、某青タヌキロボットアニメのメガネ小僧もびっくりの早さで、夢すら見ない深い眠りに落ちていった。




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