星降る時を巡り来て
□第四回 五台山
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そこは何処とも知れぬ空間だった。
何処までも続く闇は深く、それでいて光が共存する世界。光は眼下に沈んで広がり、それはまるで海のようであった。
彼は天空の闇と、海の光を丁度二分する位置に存在していた。
闇の中に時折ぽう、と光がともり、やがてすう、と消えていく。それはまるで命の灯火の有り様を思わせた。
水音と共に一つの人影が目の前に現れる。
裾の長い着物に身を包み、結いもせずに流した艶のある髪が風もなく揺れる。その水面の様に静かな面(おもて)は柔和で若い。
しかし、その人物が見かけ程若くはないことを彼は知っていた。
「……貴方か」
「お久しぶりです。智真長老」
「最後にお会いしたのは30年前になりましょうか。――して、拙僧に何用ですかな」
「天孤星が解き放たれました。そのことを伝えに」
智真と呼ばれた老人が目を見開く。
「………………左様ですか」
暫しの沈黙の後、絞り出すように答えた。彼の人の口元に微かな笑みが浮かぶ。
「あれは最も扱いにくい星の一つ。ご心配なさるのも無理はありませぬ」
彼の人は何を見るでもなく闇の向こうを見据える。
ぽう、と光が現れ、そして消える。
「念のため、ある者をそちらに送ります。何かあった時には、彼がそうあるべき様に対処してくれるでしょう」
「ある者とは」
「協力者、とだけ言っておきましょう。貴方と同じく」
それで智真は納得した。
2人の間に光が漂い、すう、と消える。
「それでは、あの星をお任せします。あれの扱いは……お分かりですか」
智真は無言を以て是を示した。
「では、頼みます」
「……謹んで。羅真人」
答えの代わりに、再び水音がした。
彼の人の姿は、既に消えていた。