星降る時を巡り来て

□第三回 渭州
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「でかいよなぁ……」

 朱武達と別れて数日、史進は渭州の街に着いた。
 道ばたのあちこちに露店が建ち並び、綺麗に丹を塗られた食堂からは旨そうな匂いを漂わせている。渭州は辺境の街ではあるが、更に田舎の史家村しか知らない史進には大都市に見えた。

――でも師匠は……。

 王進はこんな街は幾らでも見てきたのだろう。それどころかここよりもずっと大きな街を――例えば東京開封府のような――知っているのだ。自分が如何に田舎者か思い知らされるというものだ。

「――うわっ」

 余所見をしながら歩いていた所為だろう、何かにぶつかって史進は顔を上げた。史進よりも頭2つ分は大きな男が見下ろしている。

「何処見て歩いてる!」

 以前の史進ならここで逆に突っかかっていただろう。が、王進に煩く礼儀を教え込まれた史進は素直に謝り、ぺこりと頭を下げた。

「すいません。気を付けます」

 そのまま踵を返そうとしたが、今度は別の男に妨げられた。嫌な笑いを浮かべている。

「……通してくれよ」
「そうはいかねぇな兄ちゃん。兄貴の服を汚しといてそのままとんずらは無ぇだろう?」

 兄貴、というのはぶつかった男の事らしい。背後の大男を見やる。この男もまたにやにや笑いを顔に貼り付けている。いつの間にか史進の周りには同じような笑い顔の男達が何人も集まってきている。

――そういうことか。

 目の前の男に向き直り、史進はにやりと笑う。

「何処も汚れちゃないぜ。あんた<盲かい?そこらの薬売りから目薬の一つも――買ってやんな!」

 思い切り跳躍し、男の頭を踏ん付ける。そのまま男の頭を飛び石にして輪の外に飛び出すと野次馬の間から歓声が上がった。大男が叫く。

「小僧、生意気な!やれェッ!」

 数人の暴漢が向かってきたのを棍の一振りで払いのける。右から来た一人をかわし、左の2人を振り向きざま続けざまも打ち据える。左、後ろ、前と跳んで攻撃をかわし右足で踏み込んで懐に入る。そのまま薙ぎ払うと背後から来た一人を手刀で打ち倒す。
 前と後ろ。前に突きを打ち込んで後方に蹴りをいれたが、脇が開いた。

「しまった!」

 右の一人は棍の回転であしらったが、左は間に合わない。しかし、棍棒を振り下ろそうとした男はそのままの格好で投げ飛ばされた。

「暫く見ないうちにえらく強くなったと関心してたんだが、調子に乗り過ぎじゃないのか、え、史進?」

 そう野太い声をかけてきたのは筋骨隆々の大柄な男だ。人懐こそうな黒目がちから愛嬌のある熊の様な印象を受ける。
 史進はその顔に見覚えがあった。

 思わぬ新手の登場に油断が生じた暴漢達2人の頭を男の両手が鷲掴みにする。

「大の大人が寄って集って小童一人苛めようってなァ関心しねぇな」

 哀れな暴漢達は熊男に互いの頭を打ち付けられて崩れ落ちる。男は荷物を括り付けていた棒を手に取り構えを取った。史進も気を取り直し棍を握り直す。

 勝敗の決着が付くのに、時間はかからなかった。

 累々と打ち倒された仲間の体に躓きながら這々の体で逃げ出していく頭領格男を横目で見送り、熊男に向き直る。

「……師匠」
「よ、史進。元気だったか」

 彼の名は李忠。史進の最初の棒術の師匠だ。先々で武術を教えたり演武で膏薬を売ったりして旅費を稼ぎながら各地を渡り歩く武芸者で、得意の棒術で虎を打ち倒したとかで『打虎将』の異名もある。史家村にもそうした旅の途中で立ち寄り、食客として養われる代わりに史進に武術の手解きをしたのだ。
 無論、禁軍で教頭を務めていた王進には足下も及ばないが、幼い史進に武術の楽しさを教えてくれたと言う意味では王進同様恩師と言って差し障りない。
 李忠は心底懐かしそうに破顔する。

「それにしてもでっかくなったなぁ。初めてあった時なんかなまっちろくて甘ったれの鼻垂れ小僧だったってのに――ああ、なまっちろいのは相変わらずか」
「鼻なんか垂らしてねぇよ!色白で悪かったね」
「いや、別に悪かねぇよ。色白男は色男って言うしなぁ。……それにしても生意気なのは相変わらずだな」
「師匠が一言も二言も多いのが悪い」

 更に言い返そうと口を開きかけた時、パチパチという乾いた音が史進の耳を打った。

 振り返ると李忠よりも更に一回り大きな男――後ろでぶつぶつ言っている人間がいる辺り、無理矢理野次馬を描き分けて来たらしい――が2人に拍手を送っている。
 顎の張った厳つい顔に太い眉、髭は鼻の下から揉み上げまで大きく弧を描いている。一見恐ろしげな風体だが目は意外に人なつこい。
 男にならって周囲を取り巻く野次馬達からも拍手が湧き起こる。中には銭を投げてくる者までいた。

「いや失礼。儂は経略府の提轄をやっとる魯達と言うもんだ。さっきから見とったがあんた達良い腕しとるな。特にあんた――そう、あんただ。若いのにえらく強いな。感心、感心」

 そう言って、大きな手で史進の背をばんばんと叩く。あまりに強い力だったので史進は思わず咳き込みそうになったが、魯達はお構いなしに話を続ける。

「良い物見せて貰ったので儂は機嫌が良い。一杯付き合わんか。いやなに、勿論酒代は儂の傲りだ」

 そう言って男はにかっと歯を見せて笑う。

「……師匠、どうする?」
「行こうぜ。小煩い連中が来ると面倒だ」
「何してる。」

 魯達はとっくに歩き出していた。立ち止まり、振り向き様史進に付け加える。

「それから、お若いの」
「史進です」
「じゃあ史進。お前さん、あんまりきょろきょろするな?お上りさん丸出しじゃぞ」

 投げられた銭が史進の頭に当たってこぉん、と良い音を立てた。
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