小説

□負うべきもの
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越後は雪国。というのは誰も彼もが知っていることではあるが、その冬は特に雪が多く、寒かった。
薄めた墨で描いたような重い雲が空を覆う。太陽はまるで空から追い出されたようだ。
田も畑も山も家々も白で覆い尽くされている。
田畑はひたすら白い野を作り出し、木々は纏っていた葉を全て脱がされて白い衣を纏わされていた。
そんな折に、国主景勝は領内の視察にふらりと外へ出て行ったという。
家老である兼続が供をしているとのことだったが、この頃景勝の調子はあまり良好とはいえなかった。
外にいたらちょんの間に耳が凍って取れてしまいそうな寒さの中である。
景勝正室、菊姫には景勝が心配で心配でならなかった。
「奥方様、そこに居ては、お風邪を召されます、どうか」
侍女の一人が見かねて言うと、菊姫は渋々首を縦に振る。
「殿と兼続の着物を温めておいて頂戴」
「はい」

  ◆   ◆   ◆

一方その頃景勝達は、白しか目に入らない世界で立ち尽くしていた。
見渡す限り白銀。目眩が起こりそうだ。
匂いも感じないし、音もしない。
ただただ、全ての感覚は白で埋め尽くされている。
――これだけの雪ですと、春には豊かな水が望めますね。
そう口にした兼続は、自分の袖が引っ張られているのに気が付いた。
もちろん、景勝である。
しかしあの殿にしては珍しい――。そう兼続は思ったが、なんだか嬉しさでいっぱいで、それ以上は考えなかった。
――なんでしょう、殿?
笑顔で振り返る兼続。その体にもたれかかる景勝。
そして景勝は兼続を抱き寄せ、体重のほとんどを兼続に預けた。
「と、殿……!」
余りに突然で、余りにも意外な出来事に、兼続は目を丸くし、思わず頬を染める。
景勝の熱い吐息が、耳を掠めた。
「……兼、続」
 不意に、景勝の手の力が抜け、ずるずると体勢が崩れていく。
踏み固められた雪の上、景勝は膝をつくと、そのまま倒れてしまった。
「殿、殿!殿!!」
上気した顔。苦しそうな吐息。寒いというのに汗まみれの体。
兼続はよもやと思ってその額に自らの額をつけると、思わず叫んだ。
「熱い……ああ、私がついておきながら!」
白銀の世界に虚しくその声が響く。兼続は己の不甲斐なさを責めた。
しかしここで己を責めていても、何になろうか。
彼はぐったりとしている主を素早く抱き起すと、負ぶって春日山へと急いだ。
幸い、遠くには来ていない。春日山より半里もなかった。
麓まで行くと、見張りが異変に気づいて役割を変わり、兼続はというと、負ぶわれた主の横をついて離れない。
そしてただ、殿、殿、とその傍で繰り返すだけだった。
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