長編小説【瑜策】
□『君と出逢ったその日から』
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『君と出逢ったその日から』〜弐〜
「……え?」
いつも押し掛けてくる孫策が彼の敬愛する父親、孫堅将軍に会いに行くという事で、周瑜は久々に味わえる自分だけの静かな時を満喫していた。
(ああ……こんな日がずっと続けば良いのに……)
もういっその事帰って来るなと彼の少年に思いを馳せていたその時。
突然の来訪者が訪れた。
見知らぬその者は、どうやら緊急の使者らしい。何か忌々(ユユ)しき事態でも起きたのかと身を硬くする周瑜に、使者の固い声がやけに耳に響いた。
「………え?」
『孫家の馬車、野盗に教われ被害を被り孫策・孫権両御子息行方不明』
有り得ない事を、聞いた気がした。
だって、彼が。
私よりも強く、とても10歳とは思えない武力を持つ彼が居たのに……?
隣で母が蒼い唇を震わせて、その使者に訊く。
「奥様は……?」
「ご無事で御座います。御長男様が守り抜き、奥様のみなんとか脱出が叶ったようでして……」
それを聞いてほっとしたような母上。
冗談じゃない。
彼が母親を守ったが為に行方不明だと?
彼がそんなまともな事をする筈がない。
彼が、そんな事で死ぬ筈が無い―――…。
(!?)
ハッと我に帰り、周瑜は口元を手で覆い隠した。
今自分は何を思った?
自分は確かに今さっきまで彼がこのまま帰って来ない事を願っていたのに?
いや、そうだ。
このまま彼が見つからなければ、この平穏は守られるではないか。
もう彼に一人の時間を邪魔される事もないし、あのような、自分には決して持つことの出来ない真っ直ぐな心を持つ彼を見て、苛つく事もない。
これで、ここ最近の憂いは殆ど全て解消出来るではないか。
―――なのに……。
何故こんなにも胸が苦しいのだろう?
否。これは苦しいというのだろうか?何だか自分でもよくわからない感情が身体の中を駆け巡るのを自覚しつつ、周瑜は自分の意識が現実から離れかけていた事に気づいて慌てて自分を叱咤し現実へと引き戻した。
「……伝達御苦労」
そう一言言って使者を帰すと、周瑜は何も言わずに空を見上げた。
なんとなく見たいと思った太陽は、しかし何故かそこだけ雲に覆われて、青空なのに見ることは叶わなかった―――…。