長編小説【瑜策】
□『君と出逢ったその日から』
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『君と出逢ったその日から』〜壱〜
「権!!」
賊と弟との間に何とか滑り込み、そのまま孫権を抱き抱えて横へと転がる。先まで孫権がいた場所に、短剣が突き刺さっていた。
すぐに立ち上がり孫権を立たせて敵との距離を開ける。
「ちっ!この餓鬼、素早いぞ!!」
短剣の持ち主がそう吐き捨てて得物を拾いに行く。残りの三人は皆それぞれに自分の得物を構えて孫策と孫権を狙っていた。
(4対1……か)
しかもこちらにはまだ幼い弟がいる。分が悪いのは目に見えて明らかだった。
さっと素早く周りに眼を凝らす。……あった!!
短剣の男が、遂にそれを拾った。
賊が皆揃って舌舐めずりをし、嫌らしい笑みを浮かべる。
「あにうえ……」
心細そうにギュッと自分の裾を握る孫権に、孫策は頭を撫でて安心させるように笑みを浮かべた。なるべく常と同じ笑みに見えるようにと願いながら。
「大丈夫だ、権。……走れるか?」
小声でそう訊くと、こくりと頷く気配がした。が、それはすぐに否定のそれへと変わる。
「権?」
見ると、幼い弟はその青い瞳を今にも泣きそうに潤ませて、再び首を横に振った。
「ぼく、あにうえみたいに速く走れない……」
「……」
確かにそうだ。
まずまず足の長さから言っても全然違うのに、自分と同じだけの速さで走れという方が無理であろう。
孫策はう〜んと唸ってから「よし!」と頷いた。
じりじりと寄って来る敵から、相手を刺激しないように少しずつ逃げつつ、再びこそこそと小声で孫権に言う。
「良いか?権。これから俺達はあの細い一本道まで走ってく。着いたらお前はそこを真っ直ぐ走ってけ!」
不安気に蒼い目を揺らし、孫権が孫策の裾を掴む手の力を強める。
「あにうえは……?」
その様子ににこりと微笑む。相変わらず聡明な弟だ。
「すぐに追いつく」
相手は四人。だが、統率力は低い。一人一人の力量なら、おそらくは張り合えるはずだ。武芸になら自信はある。
未だ不安そうに自分の顔を見上げてくる孫権に、孫策はもう一度ニカッと笑うと彼の頭をクシャリと撫でた。
「大丈夫だ。行くぞ!?」 「あ……!」
言うが否やすぐさま孫権を脇に抱えて走り出す。
突然の動きに対処しきれない賊が一瞬身を引いた隙を逃さずに孫策は目的の場所へとたどり着いた。
「権!行け!!」
「でもあにうえ…!」
「お前は先に行って、俺がいない間母上を守れって言ってんだ!お前しか出来ない!」
自分の方は見もせずに前方の敵のみを見据えて言う兄に、孫権はギュッと唇を噛んだ。その空色の瞳が今にも涙が溢れ落ちそうに潤む。
ガギンッ!!
やがて敵の一人が大きな刀で孫策に斬りかかった。それを受け止めてすぐに横に流し、相手がバランスを崩した所を回し蹴りで地に伏せる。
「ぐあ……っ!」
鈍い音と醜い声がほぼ同時に響き、男が倒れた。
目の前で起こった惨状に、孫権が「ひっ」と息を呑む。
孫策が軽く舌打ちをした。
(だから嫌だったんだ……!)
孫権は、まだ幼いから。
自分だってまだ大人とまではいかないが、戦える程の精神はある。
こんな暴力的なものを、心の優しい孫権に、見せたく無かった。
「行けよ権!……邪魔だ!!」
「っ!」
最後まで言いたく無かった言葉を吐き捨てた途端、孫権がびくりと震え、こちらに踵を返したのが分かった。きっと酷く傷付いただろう。一瞬胸がズキリと痛んだが、それを無視して更に襲い掛ってきた敵と刃を交える。
「――っ!」
長く受け止めてはいけない。いくら武術に自信があるとはいっても、所詮自分は10歳の子供だ。まともに受けたら体力の差で負けるに決まっている。
すぐに受け流して相手との距離を取ると、構えを整えて敵の隙を窺う。と、対峙している男がニヤリと笑うのが分かった。
怪訝な顔をする孫策に、男は勝ち誇ったかのような声を張り上げた。
「一人で俺等11人と勝負する気か?……はっ!大した自信じゃねーか!」
(11人……?今一人倒したんだから、残りは3人じゃねぇのか……!?)
嫌な予感がする。
身を硬くする孫策の目の前で、敵の一人が高く指笛を鳴らした―――…。