☆献上物☆
□碧眼の君(2000キリリク)
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これは、まだ彼らが十三歳だったときの、ある日の物語―――…。
碧眼の君
「…え!…兄上〜…」
遠くから、自分を慕う可愛い弟の声がする。
「あ、権だ!」
思わずそう言って、孫策ははっと顔を上げた。
目の前には、まるで神が丹念に作り上げたような端整な顔―――…。
「孫策?どうかしたのか?」
「いや、今、何か権の声が……」
「気のせいだろう」
ろくに耳を外に傾けようともせずに周瑜はそう言い切り、孫策の唇に再度、自らのそれを押し付けた。
「ん……っ」
唇から漏れ出す声すらも愛おしい。周瑜は胸にじわりと広がる温かさに満たされながら、さらに角度を替えて孫策の唇を貪った。もう、何の音も聞こえはしない。そう。愛してやまない孫策の声以外は。
「―――――っ!!周瑜っ!!!」
唇を軽く離した途端不意に叫ぶような声と強い力で胸を押され、周瑜が驚いて孫策の顔を見ると、彼は真っ赤というか、真っ青というか、とにかくひどく焦った顔で自分の後ろを指差した。
「?」
何かと思って彼の指先を追う。
「―――………………………。」
途端固まった周瑜の目の前で、例の指の先のモノが、おもむろに動いた。
「あ」
―――あ……?
「あにうえと周瑜が接吻して……っ!」
「だぁあああっ!!!黙れ権!それ以上言うな馬鹿っ!!」
「あにうえが権のこと馬鹿って言ったーっ!!」
一度沈黙が破られれば、それはすぐに大騒ぎとなる。いわばこれは既に孫家の名物だ。
今も混乱して騒ぐ孫権の口を必死に塞いで、同じくこちらも混乱しているであろう孫策があーだこーだと言って弟と揉み合っている。何だか羨ましいと思ったりなどは勿論無い。
やがて周瑜はにこりと美しい笑みを浮かべて孫策孫権兄弟の間に割って入ると、その笑みのまま孫権に訊ねた。
「どこから見ていたのかな?」
「さっき。あにうえと周瑜が接吻してたところ」
「周瑜っ!お前、権に何言わせ…」
「実はね、この接吻には深い深ーい、長江よりも長く海よりも深い事情があるのだよ」
慌てて口を挟もうとした孫策の言葉を、いっそ綺麗とも言えるほどに見事に無視し、周瑜は孫権にそう言って聞かせる。
「ちょうこうよりも長くて、海よりも深い……?」
「そうだとも」
落ち着きを取り戻してきた孫権に、周瑜はにこりと笑って頷いた。後ろでは孫策が落ち着かなさ気に視線を彷徨わせている。
「実は、先程孫策は毒を飲んでしまってね。それを取り出していたのだ」
笑顔で平然と嘘を吐き捨てる周瑜公瑾十三歳。無垢な少年らしさが全く無い。むしろこの歳から大人の穢れにまみれていた。
「あにうえが……毒!?」
途端、孫権の綺麗な碧い目にぶわっと涙が浮かぶ。
可哀想に、大人を信じきってしまう純粋無垢な孫権少年は、周瑜の言うことを真に受けてしまう。―――周瑜の笑顔の裏が真っ黒なことにも気付かずに。
しかし周瑜はなんの後ろめたさも無いのか、今度は力強く微笑みかけて、孫権の頭をそっと撫でてやった。
「大丈夫だ。孫策の毒は、もう全て私が抜いたよ。ほら、彼はとても元気だろう?」
ばっと勢いよく振り向く孫権に一瞬ギョッとしつつも、孫策はすぐに親指をグッと上に上げた。
「お、おうっ!元気だずぇっ!?周瑜のおかげだなっ!」
言って、孫権が安心したように微笑むのを見届けると、周瑜にちらりと恨めしげな視線を投げかける。
『後で覚えてろよ』とでも言っているようなその視線に、周瑜は余裕の笑みで応えた。
『君こそ後でちゃんと覚えていろよ?さっきの、まだ先に続く予定だから』
ひいぃ!と孫策の顔が即座に引き攣る。周瑜は満足気に微笑むと、孫権に手を差し出した。
「ほら、もう暗くなってきたことだし、帰るとしようか。……孫策!君も早く来い!夜はなるべく長い時間を過ごしたいだろう!?」
「だぁ〜まぁ〜れぇい周瑜っ!!こんのバカ!恥知らずっ!!露と消えよっ!!」
「孫策!?それは私の台詞だ!」
そんなに離れてはいないのにもかかわらずわざと大声で孫策にこっぱずかしい事をいけしゃあしゃあと言う周瑜に、孫策が真っ赤になって意趣返しもどきをする。
二人が楽しげに(主に楽しんでいるのは周瑜で、孫策は必死なのだが)じゃれ合っているのを横で眺め、孫権は碧い瞳で真っ赤に燃える夕日をじっと見入った。
(夜の時間って、自分自身で変えられるのかなぁ……?)
≪End≫