旧・裏部屋
□『キミ』と云う人
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終わって泣いても、ヒトは代わりを造るだろう―――…。
キミと云う人
「……」
「孫策」
「……」
「仕方なかったんだよ。孫策」
「……」
「君の所為じゃない」
「……」
「……孫策」
ため息を吐いて、彼の隣にしゃがみ込む。
目を見開いたまま、じっと止まって腕の中の子猫を見入っている彼の腕を、無理やり子猫から引き剥がした。
とさ、という軽い音と共に、既に硬くなっていた子猫が地に落ちた。
孫策の目が、更に少しだけ大きく見開かれる。
静かな空間に、雨の音だけが、淡々と、無情に響く。
何かが無くなったら、人は代わりを造るだろう。
例えば、花。
枯れてしまえば、また新しい花を添えれば、部屋はまた美しく彩られる。
結局、人は『枯れる以前の花』に執着しているのではない。部屋が綺麗に彩れるという『モノ』に執着しているのだ。
例えば、本。
破れてしまっても、また買い直せば良い。それだけだ。
例えば―――人の命。
人は代えられない。何ものにも代えられない。たとえそれにそっくりな人形を作ったとて、その人に『残された』人は、何も満たされない―――…。
「代わりを、望むか。君は……」
「……望まない」
一言、ぽつりと孫策が零し、見開かれていた目が閉じられた。
「……俺は、望まない……」
再び、目が開かれる。少し涙の滲んだ、しかし決然とした意志を見取れる、強い瞳。
「俺は、代わりなど望まない。お前がいれば、そんなもの、要らない」
そう言って、孫策は手にした道具で地に小さな穴を掘った。そこに、さっきの子猫をそっと横たえる。
ふっと、その瞳に哀愁が過ぎったが、それを瞬き一つで消して土を被せる彼に、周瑜は静かに問う。
「私……?」
小さく頷いて、孫策は埋め終わった所に手近にあった大きな石を置いた。
手を合わせて黙祷し、彼は立ち上がって周瑜を見た。
「子猫だったら、代わりを作れば俺の心はどうにでもなる。でもそれは、つまりそれだけで済んでしまうぐらいの心で……。お前だったら絶対に代わりなんて出来ない。誰が俺の軍師になっても、誰が俺の義兄弟になっても。お前の代わりなんて、絶対になれっこ無い。お前が居なくなったら、そんな事じゃ、そんな奴らじゃ、俺の空洞なんて、満たせるはずが無い。誰も。誰でも……」
「孫策……?」
何かが変だ。
触れようとしたら、途端彼はいつものように笑ってそれをかわし、ひらひらと手を振った。
「汚れちまうぞ?手、洗って着替えてくるな!」
そのまま走って自室へと向かう彼を眼だけで見送って、
周瑜は我知らず地に膝を付いて頭を抱えた。
「だから、君は……」
いつものように笑って見せた彼は、きっと自室で泣くのだろう。
誰にも気付かれずに、きっと君は泣くのだろう。
独りで泣いて、出てくる時には泣いていた事など微塵も感じさせないいつもの笑みを皆に振りまくに違いない。
「君は、馬鹿だ……」
彼の思惑通り、恐らく誰もが騙される。
自分以外の、誰もが騙される。
彼が『いつもどおり』なのだと、誰もが騙され、この猫の事も、きっと誰もが記憶の彼方へと追いやるだろう。
しかし、私はこれに賭けても良い。
「君は、きっと忘れたりなど、しない」
彼は戦いを好むには、あまりにも優しすぎるから。
あまりにも哀れみの心を、抱えているから。
あまりにも、責任感が、強すぎるから―――…。
独りで、背負い込むのだ。
くしゃり、と自分の濡れた髪を手で掴む。
何も彼の全てを、とは思わない。思ったりなどしないから、せめて少しでも……
「私に頼ってくれれば良いものを……」
彼の孤独を、救えるように―――…。
≪End≫