小説【三國A】

□桃
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『桃』



「桃、食べますか?」

「おう!食う食う!」

夏の暑い日。自室へと遊びに来た孫策に、周瑜は彼との話が一段落ついたと同時にそう言い出した。

庭の木からいい具合に熟した桃の果実をいくらかもぎ取って持ってくると、彼は嬉しそうに礼を述べて桃へと手を伸ばす。

「あ、伯符。切りましょうか?」

「いらね。丸齧りで十分だ!」

そう言って皮を剥いてかぶり付く彼を見ていると、何故だか「まぁそんなものか」と思えてしまう自分は相当彼に惚れ込んでいるのだろう。

ふとした折に、自覚させられてしまう。この必死に抑えている恋情を。感情を押し殺すのは、自分にとって造作も無い事である筈なのに……。

(殺しきれて……ない……?)

―――この自分が……?

事実に気づかされ、周瑜はさっと顔を蒼くした。

その様子に、孫策が食べかけの桃を手に持ったまま首を傾げる。

「公瑾?」

「……ぁ。いえ。何でもありません。桃、温くありませんでしたか?」

―――大丈夫。

再び笑みを浮かべてそう訊くと、孫策はニカッと太陽のように輝く笑みを返してくれた。ドクン、と。心臓が一度大きく高鳴る。

―――大丈夫大丈夫大丈夫。私は殺せる。

胸の内で自分へと暗示をかけながら微笑みを保つ。

しかしそんな自分へと答える彼の声は、妙に甘く響いて聞こえて……。

「ん。大丈夫。温いけど甘いぜ?」

―――大丈夫大丈夫。私は自分の感情を殺すなど造作も無い。これ迄もちゃんとやってきたし、これからだってやっていける。やってみせる。それが、周家の……。

「本当ですか?それなら良かった」

にこりといつもの笑みを顔に載せる。誰もが『綺麗』といってくれる笑みを。

でも、君は笑ってくれなかった。

「……どうしたのですか、伯符?」

種を噛んでしまったのだろうか?心配しながら孫策のすぐ目の前で首を傾げると、突然彼はがしっと私の顔を両手で挟んでゴツンと額をかち合わせた。

「はく…」

「お前、俺の前でそんな顔するんじゃねえ!」

桃の甘い香りが、私の鼻孔をくすぐる。

「俺はお前のそんなウソの笑顔なんて、大っ嫌いだっ!!」

彼の真剣で真直ぐな黒曜石の瞳が、私の心を射抜く。

「だから!別に笑ってなくたって良いから!……いややっぱ笑ってはいて欲しいけど…!俺の前でウソの笑顔なんてするなっ!!」

そのまっすぐな瞳が私の心を揺るがせる。

「返事っ!」

「……はい」

そう返事をしたら、なんだか私の中の何かが、微かな音を立てて崩れかけた気がした。

でも、それでもきっと、彼のこの「約束な!」と言った笑顔の前には全てどうでも良い事に思えてくるのだ。

「……弱い……ですよねぇ…。やっぱり…」

思わずそう言って空笑いしながら項垂れると、孫策が「は?何が?」と言ってこっちに寄って来た。―――私が君の笑顔に弱いって言ってるんですよ。

何だか小憎らしくなってきたので、寄って来た彼の腕をひょい、と掴んで引き寄せるとその腕に伝っていた桃の果汁を舐め取った。普段自分が押さえている感情に比べたら、別にこのくらいやったって平気だろう……。平気……だよね……?

「……?」

あまりにも反応が無いので手まで這わせた舌を止めて彼の顔を見てみる。と―――…

「……!」

真っ赤になって固まっている孫策を見て、不覚にも一瞬固まってしまった。

(ヤバイ。まずい。可愛い…!!)

そしてすぐに思い出す。そういえば、この孫策は昔彼の傷口を自分が軽く舐め取った時でさえも固まっていたのだ。そんな初心な彼がこうも腕から手まで舐め上げられたら……?

二人して固まっているのはあまりにも滑稽なので、周瑜はいち早く孫策の手から顔を上げると、にこりと微笑んだ。―――今さっき嘘の笑みは浮かべるなと言われたばかりだが、ここは浮かべないとやっていけない。

「全く、可愛いですねぇ、伯符は……」

「な…ち、しゅ…!」

余裕なフリをして言えば、彼は真っ赤に顔を染めたまま理解不能な言葉を搾り出すのが精一杯のようだ。全く。彼は一々行動が可愛らしい。誘っているようにしか見えないのだ。

そう思った瞬間、周瑜は自分でも意識しない内で、彼を引き寄せペロリとその唇を舐め取った。桃の甘さが口内に広がる。

驚いて目を見開いている彼に、周瑜はにこりと極上の笑みを浮かべた。

「ご馳走様」


<End>


最早何も言えません(笑)

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