小説【三國】

□名馬に●あり
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「そぉ〜んさっく!!」
「うをぁ!?な、何だよ周瑜!?」
 此処は戦場。
 雄雄しい雄叫びがそこかしこから聞こえてきて、それが孫策自身の士気を体の内側から上げてきた。
 燃えたぎる心を叫びに乗せ、今まさに白馬を嘶かせた瞬間、奇妙な声によってその士気は急ブレーキをかけられる。馬が不服そうに鳴いて地団駄を踏んだ。
 そんなこともお構いなしに、周瑜は立ち止まった孫策の横に並び、こちらを向いた彼の手をぎゅっと握って離した。
「……?」
 その手に何かが残されていて、孫策は不思議そうに周瑜の嬉しそうな顔と手を交互に見て、その手を開く。
「………」
「………」
 中に入っていたモノを見て、思わず黙り込んだ孫策と、彼の言葉を楽しそうに待つ周瑜。
 このままではいけない。何か、何か言わなければ……。
「あー……なんだ。……凝ってるな」
「素晴しいだろうっ!?孫策っ!!コレで君は百人力だっ!!」
「……あー……そう。まあ、その。……ありがと…な?」
 自信満々に周瑜が誉めるその物を、さしてありがたそうにも見えない様子(本心)でお礼を言う孫策。その手には、小さな、しかしなかなか精密に作られた周瑜人形が(かろうじて)握られていた。
 しかしお礼さえ言ってくれれば満足なのか。はたまた彼の目に映る孫策ははにかみ笑いでも浮かべているのか。周瑜はにっこりと本当に満足そうな笑みを見せる。
「ふっ!そんな。照れるじゃないか孫策っ!なぁに。君の為ならこんなモノ、十個でも百個でも作れるぞ!?―――…はっ!そうだ!!これを呉の名物にしたらどうだろうか!?きっと売れるぞ!?そうだな。一個五百円で売り捌けば利益がこれだけ出るから、最近傾きがちだった財政もまた元に戻る……いやっ!向上するっ!!」
「……しゅーゆー?」
 自分を売り物。しかも名物にするという考えを思いつく彼は、心底尊敬する人物に値するかもしれない。しかも、彼はそれが売れること前提だ。此処まで自分に自信が持てるのはやはり凄いことだろう。凄いことなのだろうが……。
「今、戦中だずぇ〜?」
「!」
 はっと周瑜が顔を上げ、孫策の顔をじっと見つめる。
 しばしの間、沈黙が降り立って……。
「すまない孫策っ!私は今すぐに財政を整えなくてはならなくなった!大丈夫っ!私だけではなく勿論孫策、君と私のセットで恋愛成就のお守りとして売り出すから安心してくれっ!!」
 言うが早いかそのまま走り去ってゆく周瑜に、孫策は叫びかけた彼の名前を飲み込んで盛大なため息を吐いた。どうせ今更叫んだって、彼はこちらの世界に戻ってはこまい。
「名馬に目無し……だっけか?」
 すぐ横で、彼の衛兵隊長が「癖ありです」と訂正した声が、空しく戦場に散った―――…。



END

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