小説【その他(TOA/P.H...)】
□離れた心【TOA】
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「サフィール」
「何ですか」
今になってわかる。
呼びかければ必ず返る、その声に。私はきっと、安心しきっていたのだろう―――。
『離れた心』
「ディスト!」
趣味の悪い椅子型の音機械に乗った銀髪の男は、聞こえないというように此方の声を全く無視して眼下にいる緑の少年へと手を伸ばした。
「来なさい。シンク」
聞いた事もないような冷たい声に、その場にいた誰もが身を凍らせる。
この私ですら―――…。
動かない少年に痺れを切らしたのか、ディストは声を荒げて伸ばした手を更に少年へと伸ばした。
「キィーっ!この私の華麗なる椅子に座らせてあげると言っているんですよっ!早くなさい!」
むきーっと奇声を上げる彼はいつもの彼で、逸早く正気に戻ったシンクがにやりと笑ってその手を取る。
彼が椅子の肘掛けに腰を下ろすとディストは素早く空高く飛び、此方との距離を取った。
この距離では攻撃できるのはせいぜい自分くらいだろう。しかしディストは馬鹿なようでいて実はそんなに馬鹿ではない。私の符術
を少しは防御出来る音機械を所持している筈だ。
それに加えて今はシンクがいる。これでは攻撃するだけ無駄だろう。
追撃を諦めた此方に緑の少年が口角を上げるのを、隣でアニスがやたらと憎らしげに睨んでいた。
「へぇ?ディストのくせに」
不意に口角を上げたままのシンクが鼻を鳴らすと、ディストが非難めいた視線で彼を見遣る。
「何ですか!この私が…」
文句を言いかけた口は、しかし肘掛に腰かけたまま伸ばされた手の平により塞がれる。
「今回は助けられたって言うだけだよ」
僕が。お前に。
顔を近付け言われた言葉に、彼は驚いたように紫の目を見開いた。
分厚い眼鏡や奇怪な言動のせいで滅多に知っている者はいないが、ディストは中性的な整った顔立ちをしている。
時折見せる何とも間の抜けた表情はとても35才とは思えないあどけなさが残っていた。
―――もっとも、「隙は見せるな」と言った私の言いつけのために研究者時代それを知るのは自分とピオニーと、極少数の者くらいなものだった筈だが。
現在目の前で繰り広げられている光景に、胸中に何かどす黒いものが渦巻く。
不愉快だ。
「はっはっは。お二人とも、早く帰らなくて良いんですかー?」
槍をいつでも構えられるように意識しつつ、ジェイドは笑みを浮かべて信託の盾の二人に声を掛ける。
彼らの意識が此方へ向いた事を確認すると、大袈裟にため息を吐いて肩を竦めて見せた。
「子供はもう家へ帰る時間ですよ?」
「誰が子供ですって!?」
すぐに此方に眦を上げるディストに、ジェイドは澄ました顔で指差した。
「貴方が」
瞬間、ディストの顔が徐々に赤くなり始める。
彼は椅子の上でわなわなと震えると、突然いつもの奇声を発した。
「キィーッ!もう知りませんっ!復讐日記につけておきますからねっ!!」
言うが早いか彼らを乗せた音機械が遠ざかって行く。
「お気をつけてー」と朗らかに笑って手を振る私の横で、アニスが今度は溜息を吐いた。
<END>
アニス(大佐ぁ……。一瞬浮かんだ表情、冗談にならないくらいに恐かったですよぉ。―――まぁそれに気づいたのなんて、隣にいた私だけでしょうけど!)
アニスちゃんは自分の身を守れる(見なかったことに出来る)大人な子です(笑)