小説【VOCALOID】
□はじまりの音
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『はじまりの音』
来年大学受験を控える彼は、今年から駅一つ離れた場所に住み始めた私を何かと頼ってくる。
私が中学高校と他県に行っていたため、彼とは6年ぶりの再会を果たしたわけだが、私が弟分として可愛がっていた彼は別れた当初と変わらず大変素直で、しかも自覚はないらしいが整った、どちらかといえば格好良いというよりは可愛い部類の顔立ちに育っていた。再開した当初は、ああいい男に育ったな等と感傷に浸ったものだ。
彼の父親はカイトが生まれる前に亡くなったのだと聞いたことがある。
母親は幼い頃にはよく見たのだが、彼が高校に上がるとともに仕事を増やし、今は週末に帰って来れたら良い方だという。
まだ高校生の彼が一人で暮らすのは色々と不便ではないのかと心配したが、「大丈夫だよ、俺、家事好きだし」と手慣れた包丁捌きで料理を作っていく彼は確かにあまり不自由はしていないようだった。
それでもどうにも心配で、「勉強を教える」という口実で月に一度は彼の家へと顔を出していたある日、道中で彼が……クラスメイトだろうか。同じ学生服を着た男子に肩を借りて歩いている姿を目撃した。
どうしたのだろうかと思いそちらに向かおうとしたその時、肩を貸していた男子が立ち止まり、カイトの影に重なった。
「……!?」
瞬間感じた、身の毛がよだつ感覚。目の前が真暗になり、自分でも理解出来ないようなどす黒い感情が物凄い勢いで胸中を猛り狂う。
よくよく見ればそれは唯額を合わせているだけだということは解ったのだが、それでもおさまらない感情のままに、気づけば其方へと足が向かっていた。