小説【三國】

□春
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「う〜…ん…」
 一つ唸って、孫策は紙を逆さまにひっくり返す。
 その様子を見て、周瑜は軽くため息を吐くとツイ、と彼の手からそれを奪い取った。
「何をしているんだ、君は」
「あー!返せよー!!」
 少し怒ったように、しかしその実全くもって楽しそうに孫策は奪われた紙へと手を伸ばした。が、それをまたひょい、と腕を上げる事によりかわして、周瑜はフフンと鼻を鳴らした。
「絶っ対に、私が見た方が早い」
「はぁー!?そんなのわからないだろ!二人で見るんだ!二人で
っ!!」
「そう言って先ほどまで自分一人でこれを見続けていたのは何処の誰だ?」
 ひらり、またひらりと軽やかに自分の手を避けていく地図に、孫策はピョコピョコと軽く跳ねながら、まるでじゃれつく子猫のようにそれを追う。が、やはり届かない。周瑜の方が少しばかり背が高いのだ。
 やがて諦めたように盛大なため息を吐くと、孫策は降参というように両手を上げた。
「わぁ〜るかったよ!もう一人で見たりしねぇから見してくれっ!周瑜っ!」
「…仕方ないな」
 口では仕方ないと言いつつも、やはり周瑜の口元にも笑みが刻まれている。彼も久しぶりの二人だけの戯れが楽しくて仕方がないのだろう。
「周瑜っ!!」
 早く早くとせがむ孫策に苦笑しつつも腕を下げ、二人の前へと持ってくると、孫策は待ちきれないように身を乗り出した。自然と周瑜の腕に孫策の重みがかかる。
「孫策。重い」
「わぁ〜りぃ。でも別に良いだろ?」
 何処か子供を思わせる笑みでそう言って自分を見上げる彼に、周瑜は一瞬ぱちくりと目を瞬かせてから最近見せる事の少なくなった柔らかい、幸せそうな笑顔を浮かべた。
「……そうだな。確かに、嫌ではない」
 その笑顔に、言葉に、孫策も本当に嬉しそうに笑う。
「そうだろっ!」
 柄にもなく二人してにこにこと微笑み合い、何だかお互いに気恥ずかしくなってきて顔を背ける。
 周瑜がゴホンと一つ咳払いをして、また例の地図へと視線を戻した。
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