ハラス

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 政宗さんがお忙しい中、わたしは城を出て町におりていた。城にいたら絶対政宗さんにちょっかい出す、というわたしの思考を見事に小十郎さんが見破り、半ば追い出す形で朝からおつかいを頼んできたのだ(ちくしょう、さすが小十郎・・・!) そしておつかいはあっという間に終わり、さて、帰ろうかな、と思った時。

 ワーワー、と一際にぎやかな声がしたので、わたしは気になりそっちのほうに足を運んでみた。このまま帰るより、ちょっと寄り道しても、そんなに変わらないよね。おつかいっていっても、墨とか筆とか生ものではないから、腐る心配もなし。なんだろうと 道を歩けば、そこは長屋の裏で、3人の子供たちが一つの木に群がっている。そしてみんな、上を見上げているから、わたしもつられて見てみた。あ、何か・・・が、ある。


「どうすんだよー、おいら しらねーぞ」
「ええっ、おまえがやったんだろー!」
「そうだそうだ! たろうくんの かえせよー!」
「おいらじゃねーよ、かぜだよかぜ!」


 ひらひら、と枝と枝の間にはさまっている白い紙。ははーん、なるほど。とりあえず状況は把握できたものの、わたしはひょこひょこと近付いてみた。そして「ねえ」と たろうくんの肩をたたくと、びっくりしたように目をまあるくする。あ、なんだ、いつきちゃん思い出すな・・・。


「だれだよ、ねえちゃん」
「名無しさんです」
「しっらねー! おまえしってる?」
「しらねー」
「ぼくも」
「そりゃそうでしょう、だってわたしはまさ・・・ゴホン!(やっべ、今ここで言うべきことじゃないし!) そんなことどうでもいいでしょう、それで、どうしたの? あの紙」


 話を聞くと、さっき思った通り。たろうくんという男の子の紙を「おいら」くん(勝手に命名)が取り上げて楽しんでいたところ、風がふいてあの木の枝にはさまってしまったのだという。それから石を投げたりしたものまったく届かず、困っていると。

 そりゃ、小学1年生みたいな身長じゃあ、この木には届かないだろうなあ。でも、わたしだったら、ぎりぎり登れるかもしれない。というのは、この木の幹はそんなに太くない。だから抱きしめる格好で、所々にあるくぼみを足かけにすれば、できるかもしれない。よーし、思い立ったら吉日、いっちょやるか!! おつかいの荷物をそこに置いて、準備体操を始める。そんなわたしを見て、たろうくんが恐る恐る声をかけた。


「なにするの?」
「登るの」
「えーっ だめだよ!」
「そうだよ! ねえちゃんすごいどんくさそうだもん!」
「おちるよ!」
「そうだよおちるよ!!」
「おちるって!」

「おちるよコールやめてくんないかな、せめて頑張れとか言ってほしいんだけどな!」


 ちょっと緊張したけど、平気。落ちてもそんなに痛くない高さだし、いざとなったら幹にしがみつけばいい。着物のそでをまくり、すそをぐいっと左右にわける。あらわになった太ももを見て子供たちがビックリするのは、そんなはしたないこと普段の女の子だったらすることがないから。まあ太ももを見せるのは政宗さんだけって決めてたんだけどね、今は非常事態、そうも言ってられない。

 ふん、と幹にがっしとしがみつき、くぼみに足をかける。それを繰り返しているうちに景色は変わり、小さな子供が余計に小さく、遠く見えた。やがて枝の密集地帯に到着。ホッとするよりも先に、紙を手にとる。そして その太い枝に腰をおろしてため息をつくと、それをひらつかせた。


「とったどーーー!!」
「わああああ」
「すげええええ」
「ねえちゃんすげええええ!」
「ぶわっははは!」


 日頃褒め慣れてないわたしにとって、この純粋な尊敬のまなざしはとてもくすぐったかった。ばかでかく笑って誤魔化して、さて、降りようとした時。強風が木を揺らし、枝を揺らしてきた。


「うわっ!」
「あっ!!」


 バランスが崩れそうになって、両手を枝につける。その表紙に紙が手から離れてしまった。それはわたしから遠くへ離れ、


「おいかけろぉぉ!」
「ええええ!! ちょっまっ・・・待ってェェェ!!!」


 子供たちはわたしを完全に忘れ、紙を追って走り去っていった。ドタドタ・・・と足音が消え、周囲には誰もいない。きっと昼時だし、みんな家事や商売やらでにぎやかな方に行ってるに違いない。なんだよ、ちくしょう!! しかも何この高さ、登る時は楽しかったのに降りる時すんごい恐いんですけどォォ!


「だっ、誰かァァァ!!」


 叫んでも無駄だけど、どうしてか、寂しいとかいう感情はまだ出てこない。それはきっと、この景色のせいだ。黙り込んだ後に、冷静になって目にとびこんでくる、伊達の城。いつもわたしが見る高さと違う。それに、本来自分の身長で見えるはずのない市場までここから見える。後ろを見れば山がすぐそこで、鳥が一斉に飛び立った。すごく新鮮なんだ、この眺めが。そのため、しばらくは木からの展望を楽しんでいたんだけ、ど。




 
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