過去拍手小話

□『夢と痛み』
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「総悟、良くやったな!」

その言葉は、まだあどけなさが残る少年が長らく待ちわびていたモノに違いなかった。

頬に付いた返り血を手の甲で拭いながら、嬉しそうに微笑む沖田と誇らしげに笑う近藤。
それを離れた場所で、見つめていた土方は小さな小さなため息を漏らした・・・。



『夢と痛み』



午前中に予定されていた攘夷志士の捕縛を滞りなく終え、屯所に帰還した隊士達は、風呂に入り血や汚れを洗い流した後
そのほとんどが見回りや事後処理などで、再び屯所を後にした。

真選組・副長である土方は、それを見送り、報告書を自室で仕上げていた。


「出来た。後は・・・近藤さんにチェックしてもらうか・・・。」

1時間程で纏め上げた書類を手に、土方は隣の局長室を訪ねた。

「近藤さん、午前中の捕り物の報告書持ってきたんだけど、チェックして貰えるか?」


「おう!入れよ。」


土方が、局長室の襖を開けると、近藤も何やら事務作業をしていた。

「すぐ、チェックするからな。あ、良かったら、一服していけよ。」

近藤が座布団を勧めてきたので、土方は遠慮なくそれに座り込み、懐のタバコを取り出し火をつけた。

「ふんふん。」

受け取った報告書を読みながら、近藤は何やら相槌を打っていた。

「なぁ、トシ。今日の捕り物は、総悟の初出動だったな。」

「ああ・・・」

「総悟の奴、見事な立ち回りだったな」

「ああ・・・」

「アイツはやはり天才だよ。初めての実戦なのに凄く落ち着いてて・・・
見事に相手の攻撃を交わし、隙をついて敵の胸を突き刺してさ。
長年の剣の鍛錬がようやく活かされたって感じだな。」

「ああ」と返事をしようとした時
ポタポタッと畳に何かが落ちたので、土方はそれに視線を向けた。




「近藤さん・・・拭けよ。」

「え?何?」

近藤は、土方に話しかけながら涙を零していた。

「あれ?何だ、コレ。すまねぇな、何なんだろうな、コレ。」

近藤は、土方から受け取ったテッシュで乱暴に目を拭った、しかし、溢れ出てくる物は
なかなか止まってはくれなかった。

「可笑しいなぁ、総悟が手柄を立てたから嬉し涙かなぁ・・・」

「近藤さん・・・」

ダハハッと笑う近藤の顔を見て、土方の心に小さな痛みが走った。

「近藤さん・・・いいよ。今だけは無理しなくて。好きなだけ泣いていい。
でも総悟の前では、そんな顔見せないでやってくれ。」

その言葉に近藤は小さく頷きうな垂れた。

「アイツ・・・ずっと真選組の一員として戦場に出たがっていたから、戦う覚悟も人を殺す覚悟もとっくに出来てたんだよなぁ。
俺もいつかアイツが人を殺めるのを覚悟してた・・・つもりだったんだけど・・・


俺の覚悟がちょっと足りなかったみてぇだ・・・。」

近藤がそう笑った時、土方は、今朝見たあの光景を思い出した。

笑っていた二人。しかし片方は心の中で泣いていたのだ。


「近藤さん・・・迷わないでくれ。アンタが迷ったら、アンタについていく者が迷ってしまう。」

「うん。ゴメン。」

「俺も総悟も真選組の奴らは、みんなアンタに命を預けている。だから…」

「ああ、分かってる。」

そう言って近藤はまたポタポタと
畳に水滴を零した。








江戸に出て一旗あげるという夢は、近藤の、そしてみんなの夢だった。

それを今、着実に実現向けて自分達は走り出している。
近藤の涙も土方の痛みも、血塗られた総悟の顔も通過点に過ぎない。

それでも…。

これからも続く険しい道の中で
近藤の零す悲しみの数が少しでも減ればいいと、土方はそう思った。

いや切に願ったのだった。





 -END-

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