ハルヒ


□それを合図とするならば
1ページ/1ページ


外は生憎の雨模様である。

長門有希は憂鬱めいた感情を抱き、雨のちらつく坂道を下っていた。
涼宮ハルヒ――
その名こそ、今まさに彼女を憂鬱たらしめる原因である。
涼宮ハルヒはキョンを好いている。
尋常でないほど、だ。ともすれば異様とまで言えるほど。
…それは、強烈な支配欲に似、それ以外の何者でもなかった。
もしも性別を逆転したような世界があるのならば、涼宮ハルヒはとっくの昔にキョンを犯し、監禁し、鎖で繋ぎ、穴という穴を調教し、何もかもを欲望のままにしてしまっているに違いない。
だが女性という観念が、現実的な彼女の理性を保たせ、今までのキョンの貞操は守られてきたと言っても過言ではないだろう。
勿論、この長門有希がいるからにはどんなこともさせてやるものかと強く誓ってはいるが。
それも涼宮ハルヒの力の前でどれだけ発揮出来るかわからないのがもどかしい。キョンを守るためならば思念体など死ねとばかりにハルヒを跡形もなくサラサラにしてやる決意はあるが、今すぐにやる訳にもいかず、日々不安な気持ちを抱えて長門有希は生きているのだった。

「…雪」

雨かとばかり思っていたものは、日の暮れに合わせ雪に変わったようで、さしかけた傘をまた閉じた。

生み出されてから三年間、わたしは変わらず過ごして来た。
生み出されてから三年目、ようやく出会えたのは、涼宮ハルヒに有効で重要な人物。
生み出されてから三年ちょっと、わたしが長門有希として変わった感情を芽生えさせたのに気がついたのはいつ?

ともすれば、涼宮ハルヒと似たような感情であり、また違うとも言い切れる。
支配欲に似て、支配欲ではない。
わたしにとって、ヒトは一つの生命体にしか過ぎないが、彼をただの生命体としては見れない。彼は我々にとって重要なモノだ、というのとも違う。
どれにも当て嵌まらない。
ただ一つ言えるのは、彼を傷付けるモノは全て敵であり、彼を守り抜くためならば森羅万象の意思すら関係なく、手段は選ばない。
この身体すら投げうてると思える。…いや、彼のためならば、わたしはこの身体を大事にする事も出来るのだ。

どうしたらこの想いは伝わるのだろうか。
何度言っても、彼はまるで子供でも見るような目で、掌でわたしに接する。優しい彼は好きだが、理解すべき点がズレている彼に少し苛立ちと寂しさを感じた。
次第に、伝え方がバイオレンスになっていくのを、わたし自身もわかっていた。だが、他にどうしてよいのかもわからず、ただ全力で甘えるように、彼にぶつかってゆく。
彼の生傷を見るたび、酷く安堵した。彼を傷付けるのも守るのもわたしだけで良い。
いっそのこと、遠きアダムとイヴのように、世界に二人だけになれたのなら、涼宮ハルヒも、情報思念体もいない、なににも縛られない世界にいれたなら。
わたしはキョンと共に愛を育めるだろうか。

やがて涼宮ハルヒ、朝比奈みくるに続き、今度は古泉一樹までもがキョンに対し欲を見せ始める。

そしてしばらくして、キョンは古泉一樹を選んだ。
わたしといえばその日短い間の記憶をなくした訳で。

男性は欲望対象に対して、自らの精子を浴びせ充足を得るのだという。

ふと、考える。
キョンは古泉一樹に浴びせかける行為をして、充足感を得るのだろうか?いや、逆もありえるだろうが、それは守る立場として削除対象になりそうなので。

わたしは感じた。
精子など無論出ないが、…再構築すれば出るようにもなるのかもしれないが。
朝倉涼子に胸と腹を貫かれた時、吹き出した血がキョンの顔に身体に叩き付けるように浴びせかかった。
その時、何とも言えない充足感と満足感が身体を駆け巡り、安堵と快楽に身が震えたのを覚えている。
きっと、この感情に似ているのだ。例えば、わたしが男に再構築したとしたら、キョンに精子を浴びせる行為をして安堵と快楽を得るのだろう。

思っきり偏見だろうが、朝比奈みくるも古泉一樹も天然なふりして淫乱だから、誘われるのはキョンなのかもしれないが、まあキョンが古泉を押し倒したとして、口付けを交わして、愛撫をして、挿入して、射精して、…それから?
それから彼らは何を得るのだろう?

気が付くと、雪はすっかり止んで、冷たい空気に溶けるような夕日が電信柱を橙色に染めている。電線の上にはカラスがいて、くつくつと羽を繕っていた。

得るものなど、何もないではないか。古泉一樹となどと。

「いや」

それはわたしも同じか。
宇宙人など、何年生きるのか、生体系すら謎で、子供も出来ないかもしれない。
得るものなど何もない。
長門有希などと。

ならば何故、彼は、キョンは、わたしを惹きつけたのだろう。
得るものなどないのだと知りながら、わたしは何故、彼を好く行為などしたのだろう。

電線に捕われた空を見上げ、長門有希は静かに涙を零した。

「得るものは、何もない」

だけれど、キョンは古泉一樹を選び。
古泉一樹もキョンを選んで。

「…違う」

頭を降ると、頬に伝っていた雫が揺れ、空気の冷たさが身に染みた。だがショートしたような頭を冷やすにはまだ足りなかった。
違う、違うのだ。
目に見えて得るものなど所詮絶対的なものばかりではない。
彼らが得るものなど無数に、それこそ宇宙を埋め尽くすくらい存在するというのに。
ついに馬鹿になったか、長門有希は。
わずか自嘲すると、応えるかのようにカラスが一声控え目に鳴く。

だから今は想像の中に溺れ込む。何重にもロックとダミーを重ねたその中で。

キョンがわたしを選んだ世界。
彼が得たもの、わたしが得たものはなんだったか。
時は緩く流れ出す。



「Love&Piece…&Happy」


愛しいキョンの、愛と平和と幸せを乗せて。






  
 

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ