ハルヒ
□アイスの日
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「…アイスが食べたい」
とある休日、めずらしく長門が電話でそんなことを言うものだから、俺は昼までシエスタを決め込んでいた自分をひょいとベットから起こした。
こんなことを言う長門も初めてならば、そもそもなにか要求する長門さえ初めてだ。
退屈な惰眠を貪ることを止めこちらを優先する理由はそれで充分だろう。
「わかった今どこだ?電話してくるなんて珍しいな」
「…」
長門独特の間。慣れているから気にしない。手早く着替えて、靴を履き変える。
「公園で待ってる」
軽く返事を返すと、じゃ、と言って電話が切れた。
アイスが食べたい。
この台詞には俄かに聞き覚えがある。
真夏の中の真夏な今、団長が毎日のように唸っては叫ぶ台詞だ、と思い出しついでにため息をひとつ。
いつか初めて長門に呼び出された、いわくつきな公園のベンチが見えて来る。そこに待ち合わせた人物がちょこんと座っていた。
「こっち」
腕を掴まれるまま着いて行くと、いつもは通らないような脇道へと入る。
住宅の立ち並ぶのどかな景色は、およそ消滅と背中合わせの日常を送るのが嘘のようだ。
「いい天気だなー」
今日も相変わらずじりじりと肌を焼くような日差しだったが、どこかの庭先で水を撒く音と風鈴の涼しげな音が耳をくすぐり、ごく自然と言葉が漏れた。
もくもくと歩いていた長門の足がふと止まる。
「…」
じ、と見上げる視線。
なんだ?
首を傾げて問い掛ければ、変わらぬ視線のまま静かに口を開いた。
「今日の気温は、湿度と共に前日より高くなっている」
ああ。
なるほどね。
「確かに昨日さんざんうだった事言ってたわな」
我がエンジェル朝比奈さんですら、ずっときゅうきゅう言ってアイスが食べたいと団長と一緒に叫んでいたくらいだ。
「良いというのは好ましい状況であるという事。昨日の発言とは矛盾する。」
再び歩き出した長門の背は、考え込んでいる人のオーラが出ている。着いて行く俺は苦笑するしかない。
こう言う時、やっぱり人間は複雑な回路をした生物だなと思う。
「既に同じ認識でもパターンが分かれることは了解している」
「そういうのはまた違うというか…」
しいて言うなら、昨日の敵は今日の友。そんなとこか。
長門はまたじっと視線を合わせると、これはまた意外なことに
「そう」
嬉しそうに微笑んだ。
「着いた」
…ように見えた、あるいは気のせいだったのか。
俺がなにか言おうとする前に、長門は会話を切り上げ指をさす。
その先には、いかにも穴場と言ったような、古風なお茶屋さんがあった。
「こんな場所よく見つけたな?」
中に入ると、奥の座敷に通される。見た目は古風だが、中は高級な和風感があり広々として過ごしやすい。
「先日、涼宮ハルヒと朝比奈みくるの外出に同行した」
空調も効いてなかなかの快適さだ。その辺は流石二人のセンスというか、いやしかし暴れたりしなかったのかと不安になるというか。口には出さないが。
「これ」
長門が指さしたメニューを見ると、渋いカラーだが美味しそうな色合いで、『期間限定ホワイトストロベリー抹茶カスタマイズ』と書いてあるアイスが控え目だが確かな美しさでアプローチしている。
てゆうかカスタマイズってなんだ?美味しそうだがホワイトストロベリーってなんだ、白い苺と抹茶をカスタマイズしたアイスなのか。
「ご注文はお決まりでしょうか」
「あーこのホワイト…ストロベリー抹茶カスタマイズ、を一つ」
「ホワイトストロベリー抹茶カスタマイズお一つですね、畏まりました」
「それと」
くいくいと長門が袖を引っ張るので見ると、その指がもう一品指していることに気が付いた。
げっ…!なんだこの名前は!?
つまりこれも頼めと、ホワイト(略)だけでも恥ずかしかった俺に、これを言えと。
長門に自分で言えと視線を送るが、わかっていないのか真っすぐ視線を送るだけ。
「…あ、愛と優しさに包まれたほわらか、メモリーモカ…一つ」
横目に、わずか口の端が上がったような長門を見た気がしたが、わざとか?わざとなのか?
「畏まりました、他にご注文はよろしいですか?」
「…コーヒーひとつ」
てお前自分で注文出来てんじゃねえか!わざとか!?わざとだな!?
我が団長に朝比奈さん。今日は長門と、アイス三昧の日々だな。
谷口と国木田もアイス氷アイス氷とだるっていたし、アイスのやつはなんてモテモテなんでしょう。
なんて、当たり前だろう。この炎天下、アイスやプールがモテモテなのは文化が誕生してからの約束事だ。
「美味いか」
「…」
こくりと頷く、確信犯だかドSだかわからない同級生(実際は違うのだが)は、やはり無表情だったが満足しているように見えた。
「…」
ふと、アイスを口に運んでいた手が止まる。
「どうした?」
コーヒーを運ぶ手を止めて問い掛けると、またじ、と見つめる視線とかちあう。
またどうしたと聞こうとしたところで、思いきり口を塞がれた。
「!?」
冷た!
思わず硬直した俺の目の前には長門の顔と手首。口に突っ込まれているコレはなんだ!?
「…美味しい?」
「あッぶ、ないだろお前ェェ!」
「スプーンは危険と判断した」
それはなんと長門の指だった。
一瞬でアイスを掬い上げ、俺の口へ突っ込む。神業だ。
確かにスプーンだったら喉に突き刺さって、俺の世界はぷっつり消えてなくなっていただろう。
いや待てそうじゃなく、いくらアイスを食べさせようとしたっていきなり指を突っ込むやつがあるか?
長門は長門だ、スプーンじゃなくてもやろうと思えば殺れたに違いない。
「…ちょっとしたスペクタクル」
しれっとした表情で、やはりむっつりドSな宇宙人は無表情にそう言ってのけた。
スペクタクルは古泉の台詞だろうが。
口に残る甘い味をなぞりながら、苦笑するやらため息つくやら。
長門は心なしかより満足そうに、突っ込んだ指を軽く舐め、アイスの続きにかかっていった。