*fourth floor*

□春*恋
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「なんとなくあったかくなって来ましたよねー」


ふんわりぽかぽか。
二月も下旬、吹き付ける風は冷たいけれど、それを遮ってしまう建物の中で日差しに当たっていれば、がたがた震えるような寒さは感じない。
細くって皮下脂肪の少ない沢田は寒さにはとんと弱くて、そのくせ着込むのが嫌いなものだから秋口から春先まで暖房は手放せないのだけれど、今日はそんな沢田でも暖かいと感じるような陽気だ。無論、空調の効いた応接室で日向ぼっこをしているからではあるけれど。

「そう、」

「はい…なんか気持ち良い温度って言うか…」


猫の子のように目を閉じて喉を鳴らし始めそうな子供の様子に、雲雀は目を細めて唇に笑みを刷いた。
出会いが出会いだったために、怖がり続けられていた過去では見られないだろう、想い人の表情に、今日の日差しよりも暖かな感情が心中を浸したためだ。擽ったいような甘やかな気持ちは、仕舞える筈のない牙を隠してしまうかのよう。
雲雀を知るものなら瞠目してしまうような表情には、慈しみしか浮かんでいない。


「でも、残念。日暮れころには雪が降るよ」

「ええっ?!」

「予報では夜になってたけど、空気が変わってきてる」

「わかるんですか?!」


ローテーブルを挟んだ向こう、何の資料だろうと興味は惹かれても、中身は見たく無いファイルを閉じた雲雀が「うん、」と首肯するのに、くるくるとした大きな目を見開いて驚きを表した沢田は、すっかり懐いたもののそれで感嘆の息を吐いた。
雲雀さんすごいなぁ、なんて、無邪気に。けれどすぐに雪が降ったときの寒さに思考を取られたのか、柔らかな曲線を描いていた眉が顰められてしまった。


「また寒くなっちゃうんですかね」

「どうかな」

「もうすぐ、卒業、式、な…のに……」
月が開ければ、三年生は卒業だ。
既に卒業式の予行練習も終わって、あとは本番を待つのみ。
数日後には疎らに登校していた最上級生――雲雀すらもこの学校から卒業して行ってしまう。変わらないと無意識に思っていたものが変わってしまう寂しさに、沢田はしょんぼりと俯いた。
怖いだけだったはずの風紀委員長(卒業のその日までそれは変わらないらしい)が卒業するのを喜ぶ在校生が大半だというのに、そんな彼に懐いてしまった沢田にしてみれば、こうして会うこともなくなるのだと淋しさを覚えずには居られない。
その気持ちのまま、膝を抱えて丸くなってしまった沢田に、雲雀はきょとんと瞬いた。
彼同様、寂しさを感じなくも無い雲雀だけれど、自分の意志を貫き自由気ままである気性であるから、会いたくなったら会いに行けばいいと思っている。だから沢田の感じている寂しさを知りはしないし、気づかない。

「沢田?」


座っていたソファから腰を上げ、テーブルを回って膝を抱えてしまった子供と視線を合わせるように膝を落とす。そんな真似はかつて誰にもしたことは無いけれど、とても自然な動作だった。心の内に許容があるならば、抵抗が無いのだろう。
「ひばり、さん…」

「どうしたの、」


そっと薄い色をしたくせっ毛に触れる。
旋毛もわからない頭髪なのに、その感触は柔らかくて、気持ち良いのを雲雀は初めて知った。
そんな彼の、細い頤が上がって、潤むような瞳と、眼差しが交差する。


「さ――」

「雲雀さんが、いなくなるの、さみしいな、って」

「さわ、」

「今、気づいちゃいました…」


いつも、ギリギリにしか気づかないんですかね、オレ、なんて。
言った子供を、抱きしめたいと思った衝動のままに、雲雀は体を動かす。


ねえ、その言葉はどう捕らえれば正しいの。
欲しいのは、友愛ではない、恋情。



春は、もう、間近であると知るのは、もう少し、後。


end.






春に咲く、恋の花









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