海賊夢館

□鷹と恋 A
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【第9話・拭うもの】



約一ヶ月ぶりに仕事をする
一度私のアパートに寄って貰って、由紀は先に出社し、後から私も着替えて車で出社



時刻は午前10時15分。社内は冷房が効いていた




『眠い、お腹空いた』
「寝過ごしたからね、朝」




隣り合う由紀と共に目薬を点し、またカタカタとキーボードを打ち、データ入力をしていく
後少しで入力終了と言う時になって、掛かる声


「立花さーん、電話だよー」

『はぁーい』


受話器を取り、耳に当て、営業用の声色に変え



『お待たせし…』

ー「あ、セレネ?」

『なんだ、パパか。何?』




るも、父だったので直ぐに戻す
肩でそれを支えながら手を空けて、残りを打ち込んでいく




ー「セレネが好きな人って、何が好きなの?」

『は?』




意味がわからない事に思わず手が止まり、抜けた声が出る



『…何訳わかんない事を…』

ー「和食かな?それとも洋食?…何が好きかわかる?」

『ねぇ…いい加減にしてパパっ!』



さっぱり訳がわからない事を嬉々のほほんと話す父に、眠気と朝食を食べ損ねた空腹で、いらいらしてしまうも



ー「ジュラキュール君が好きな食べ物って何だろうね」

『…は?ジュラキュール?…昨日のお客様って外人?』

ー「…ん、あぁ。セレネにはミホークって言った方が良かった?」

『っ!?パパ、またバカにしてるでしょ!もう仕事中に変な電話掛けてー…』

ー「これで構わん」
ー「あ、おはよう、ジュラキュール君」

『ふぉっ!?』




言いかけたところで、受話器の向こうで聞こえる声に思わず立ち上がる。ガタン、と椅子が倒れて、周りの視線を集めるも、気にする余裕はない



『え、ちょ…今のっ…』

ー「あっ!待って。サンドイッチにするから。…あ、セレネ?もうわかったから、仕事中にごめんね。じゃ」



プッ…と切れる電話を放心状態のまま元に戻せたのは慣れか。いやどうでもいい



《ちょっと待て。今の声…》


確かにミホークさんの声だった






《いや、他人の空似かもしれない…待て違う。父は確かに「ジュラキュール君」「セレネにはミホークって言った方が良かったかな」と言った!…待て待て待て待て待て!"居る"の?ミホークさんが?此処に?なんで?…なん》


『なんで居るのぉぉっ!!!!?』



叫ぶ声に、周りはビクッと震え、私を冷たく見るも、今の私には反応すら出来ない程、今の状況に驚き、文字通りの"開いた口が塞がらない"。…意味は違うけど





「セレネ、どしたの」




由紀が怪訝そうな声と表情で私を見上げていた



『…居る、てか来た…、彼』

「……は?」



すとん、と椅子に落ちれば、錆びたロボットの様にゆっくり首だけ彼女に向け、自然と声は小さくなった



『来ちゃった…ミホークさん来ちゃった…』

「……頭大丈夫?」



デスクに頭を置き、脳内で整理していれば、それは無意識に口に出て



『…今、パパが…つか声が…いた、彼…ミホークさん、パパと、…来てる…、いる…』

「課長ー!立花さんちょっと具合悪いみたいなんですけどぉー仕事私やるんでぇー、早退オケー?」

「立花さん、一応病み上がりだし、君が代理ならいいぞー」



仕事は出来るのに口調は軽い課長の声が、耳に入って来、私が顔を彼女に向ければ、視線を課長から私に向け直しにやり笑った



「だって、セレネ」

『あんたはゴットか!』

「エネルは好きじゃなーい」



ぐい、と私の机にある書類を自分のところに引き寄せると顎で、行ってこい、とされた



『今度奢らせて頂きます!』

「吉野家より牛角希望」

『了解ぃぃぃぃ…』



かばんを掴み、会社内に響かせながら、駐車場に駆ける
途中階段で何度か転びそうになるも、なんとか愛車まで辿り着けば、急ぎ乗り込みエンジン掛けて、実家へと走らせた
酷く暑いのに、困惑さが強くて暑さがわからない



《なんで、なんで、ミホークさんが来てるの?どうやって?》



思え考えど、答えは出ない




走らす事15分。このスピードで良く事故らず捕まらずに来れたなと自賛したい運転で目的地に近づいた。
懐かしい実家が見えてきたが、懐かしむ暇も無く、急いで車から降り、車のキーと共についている実家の鍵で玄関を解除し、慌ただしく中へと駆け入っていく

玄関から廊下を真っすぐ突き当たりがリビングキッチンで、きっとまだ父はのんびりとご飯を食べている筈。(酒を飲んだ次の日は、食べるスピードが遅くなる。二日酔いの一種かと私は思う)

ドアノブに手を掛け、回し開けた
ひやり冷気が流れてくる
にこやかな表情と、案の定まだ半分以上残っている食パン片手に持つ父が「あ、おかえり」と的外れな言葉を言えば、父と向かい合う彼が振り返った





『…う…そ…ιι』

「現実だ」





冷静に返される返事と、私が好きな金色の鷹の様な瞳で見て居たのは、紛れもなくミホークさんで。
彼が着ているのは、昔私が"彼"にと買った濃い紫の浴衣。思わず目を落としそうになった。何故、これを身に纏ってらっしゃるのか。
私の"黒歴史"の浴衣を。
会えもしない彼の為に買ったそれは、当時何を思ったのか、仕舞う箱に、彼の名を書いていた。これを着ていると言う事は、どちらかが見た事になる。恥ずかしい

だが、似合う。似合い過ぎる。歳は違えど、彼に買ったそれはどうやらサイズは合っているようだ。
ぱっと見、無地だが、袖と衿元に鷹と梅の刺繍がされているそれは、彼の色気と相まって、私の心を高鳴らせながら爆発させる破壊力だった

だが、疑問。




『ちょ、この浴衣、どっから出したの!?』



そう。これは、この家の私の部屋に在ったもの。アパートには"全て"入らなかった為、物がものだけに押し入れに隠していたはず。それにそこにはまだ私の"黒歴史"が山ほどある



「え?普通にセレネの部屋の押し入れにあったよ?彼の名前も書いていたし。それに私の服は彼には合わないから」

『だか…って……、開けないでって言ってたよね!?』

「そうだったっけ?」



痴呆が遂に始まったか、と思うも
微笑む父が次に発した言葉に絶句した



「まぁ、開けてしまったのは仕方ないじゃないか。それに"彼宛ての手紙"とか"彼が描かれている絵"とか見てないよ?ねぇ、ジュラキュール君?」



問いに、ミホークさんが私に視線を向ければ、にやり口端を上げ



「随分と昔から好かれていたのだな、俺は」



《見たんだっ!絶対全部見たんだ!!しかも二人で"読みやがった"な!!よかったよ!小説持って行ってて!…って、違うっっ!!》



かぁぁっと一気に茹だると共に、父に食いかかる



『昨日のお客様ってミホークさんだったってなんで言ってくんないの!』

「いや、だって『だってじゃぁないっ!ミホークさんが居るなら居るってあの時に言ってよっ!』

「セレネは今日来る予定だったし、驚かそうかな『驚かしは要らないっ!つかなんで見てんのよぉぉ!!恥ずかしさ通り過ぎてもう恥ずかしいわっ!!』



ククッ、と言う彼の低い笑い声に、全身が熱くなっていく



「そう怒るな」

『怒りもします!つかミホークさんは何で居るんですか!向こうからどうやって来たんですか!大体、何で普通に家で朝ごはんをパパと頂いちゃってんですか!?』

「海流に消えるお前の気配を追い、こちらに来た時にお前の父親に遭遇した。宿と食事は好意だ。拒否する理由はない」

『ですが、少しは疑う事をして下さいっ!一応貴方はこちらでは"有名人"なんですよっ!?』

「承知の上」

『だったらなん「まぁまぁ、セレネ落ち着いて、ほらプリンあげるから。好きだろう?」



食べかけのパンを皿に置いて、冷蔵庫から取り出し差し出されるプリンは、私が好きな父特製のものだった。きっと父は私が帰って来たら一緒に食べようと作ってくれていたのだろう



『す、好きだけど!今は…、ミホークさんっ!?』



彼の腕が腰に回され引き寄せられれば、片膝上に座らされた
父親の前で、とか、まだ私が一ヶ月以上どこで何をしていたかを父に話してないのに、とか考えが纏まる前に、先に父が口を開いた



「落ち着いたかい?」



優しい眼差しの父の瞳に、頷くしかなく



「じゃぁ、そのままでいいから言えるかな?」





"本の中"から現れた彼を普通に家に招き、宿泊させ、朝食を出している時点で、父はかなりお人好しだ。父も、ここまで行くと最早怖いな、と思いつつも、目の前にはミホークさんがいる。
私がONE-PIECEの世界にトリップしていたと信じてくれる筈だ




『…わかった。話す…』




父は、じっ、と聞いててくれた


あの日溺れて、"本の中"に行った事。そこで彼に会って一緒に暮らしていた事。今は彼とは恋人だと言う事。…流石にシました。なんては言える筈はなく、それ以外は包み隠さず話した。
そして、昨日突然にこっちに戻って来たと、全て話し終えて、父を見た


「…終わり?」

『うん。』

「そっか。良く話してくれたね。ありがとう」

『……ツッコミなし?』

「海賊だって事は初めて聞いた。正直驚いているよ?でも、現にジュラキュール君が"目の前"にいる。信じるさ」

『パパ…!』

「そうか。二人は恋人だったんだね。良かったじゃないか、初恋が実って!」

『ちょ!!……うっ…ι///』



ちらり、ミホークさんを見れば



「昨晩聞いたのでな、知っている」

『んなっ!!!?』



私を見ながら小さく笑ってた



『パパのバカ!何こっぱずかしい事話しちゃってんの!!』



恥ずかしさから、顔を俯けるも


「照れずとも良い」


耳元で囁かれ、そのまま耳に軽くキスされて、反対の手が優しく頬に触れられ視線を合わされれば、ミホークさんはやんわり微笑んでいた

その手が冷房で少し冷やされて、沸騰してたのが和らいでいく

もう会える事がないと思ってた彼に、こんなにも早く会えた事が嬉しい。目の前が滲んでくる。も



「セレネ。私も話があるんだ」

『……話?』




父の言葉に引っ込んだ。父は一度、ミホークさんに視線を送り、頷き
彼は、私を隣にある椅子へ座らせると、部屋を出て行った

聞かれるとマズイ話なのか、と生唾を飲み込む




『話…って?』

「セレネ。昨日の話覚えてる?」

『…病院の?』




頷く父は、何かを覚悟した瞳を私に向けた
















































「彼と、"彼の世界"で暮らしてくれないか」





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