私たちの愚行
□prologue
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この世界の悲しみは、一体いつまで続くのだろう。
くり返し、くり返し。
一時の解放の喜びと、そしてまた現れる、破壊の恐怖。
この世界に生まれついた人々は嘆きながらそれを、容認している。
そんな気がして、怖かった。
そんな考えが、自分にもはびこっているんじゃないかと。
…バカバカしい。
そこまで考えて彼女は、うす暗い部屋の中でゆっくりと目を開けた。
明け方の室内にはまだぼんやりと闇が佇み、彼女の、緑の瞳だけが、光を見据えていた。
闇の中で誰もが見落としている、光を。少なくとも、その存在を自分だけは信じ続けなくてはいけない、と。
「もうすぐ、出発だわ。」
一人呟いた声は、自分でも驚くほどに強張っていた。
「きっと、私がなんとかしてみせるから…。」
手にした写真へと、自身の克己の意味も込めて、声をかける。火の気のない明け方の私室は、心細くなるほどに、肌寒く彼女を包みこんでいた。
暗がりにぼんやり映しだされる写真の中の人物は、微笑んでいる。
彼女と同じ、緑の瞳を優しげに細めて。
「私が代わりに、守ってみせる。
だから、安心していて。」
意を決したように写真をトランクへと仕舞い込んで、音を立ててカーテンを開けた。
それを皮切りに彼女は次々と、もう当分戻らないであろうこの部屋から、必要なものだけを抜き取っていった。
窓の向こうでは、もう朝が始まりかけている。
急がなくては。
自分自身を、そう急かす。
新しい一日をまたここで迎えてしまえば、ここから抜け出せない気がして、怖かった。
このあたたかで、
砂上に生きるホームから。
「私が守るよ。
姉さんの大切なものを。」
当分、否、もしかしたら一生戻ることも、ないのかもしれない。
そんな感傷を振り切るように、音を立ててドアを開けると、外へと足早に飛び出した。
始まったばかりの、ほの暗い新たな朝へと。
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