三国志テキスト

□渇
2ページ/17ページ

 
曹操の幕舎にたどり着いた。

立っていた見張りは一人で、劉備を見ると軽く会釈してその場を離れてゆく。
闇に消える背中を見ながら、人知れず再び溜め息をついた。

長い溜め息が消えると、今度は気を取り直したように幕舎の入口を見つめる。
中に居るであろう男を思って、憂鬱になった。

劉備にとって曹操は、ただの後ろ盾である。
今は客将だが、近いうちに彼の元から離れようと思っている。

しかし、曹操にそのつもりは無いらしい。
二人きりになる度に、どこにも行くなだの逃げるなだの、好き勝手なことを言ってくる。
何としても私を臣下としたいのだな、と何時も苦笑いする。

曹操の元から離れるのは、酷く骨が折れそうだった。

己を手放したくない理由には、いくつか心当たりがある。

一つは関羽を始めとする優秀な家来を我がものとしたいから。
そしてもう一つは曹操が己に惚れているから。

自惚れではないし、人の感情に鈍い訳でもない。
曹操はあまり感情を露にする人ではないが、時折感じる熱っぽい視線は気のせいというには強烈すぎた。




真剣な表情のまま、少し襟元を寛げきっちりと纏めた髪を崩す。

こんな手はあまり使いたくなかったが、そうでもしないと曹操は逃がしてくれそうもない。

劉備は口許に笑みを浮かべると幕舎の中に向かって、

「劉備です。お召しにより」

と声をかけた。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ