三国志テキスト
□渇
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曹操の幕舎にたどり着いた。
立っていた見張りは一人で、劉備を見ると軽く会釈してその場を離れてゆく。
闇に消える背中を見ながら、人知れず再び溜め息をついた。
長い溜め息が消えると、今度は気を取り直したように幕舎の入口を見つめる。
中に居るであろう男を思って、憂鬱になった。
劉備にとって曹操は、ただの後ろ盾である。
今は客将だが、近いうちに彼の元から離れようと思っている。
しかし、曹操にそのつもりは無いらしい。
二人きりになる度に、どこにも行くなだの逃げるなだの、好き勝手なことを言ってくる。
何としても私を臣下としたいのだな、と何時も苦笑いする。
曹操の元から離れるのは、酷く骨が折れそうだった。
己を手放したくない理由には、いくつか心当たりがある。
一つは関羽を始めとする優秀な家来を我がものとしたいから。
そしてもう一つは曹操が己に惚れているから。
自惚れではないし、人の感情に鈍い訳でもない。
曹操はあまり感情を露にする人ではないが、時折感じる熱っぽい視線は気のせいというには強烈すぎた。
真剣な表情のまま、少し襟元を寛げきっちりと纏めた髪を崩す。
こんな手はあまり使いたくなかったが、そうでもしないと曹操は逃がしてくれそうもない。
劉備は口許に笑みを浮かべると幕舎の中に向かって、
「劉備です。お召しにより」
と声をかけた。