三国志テキスト

□距離
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妻を娶った時からだ。

義弟関羽の、自分に対する態度が、あからさまに変わった。

今までのような目差しで、こちらを見てくれなくなった。

その目は自分を、兄としてか、あるいは主としてしか見なくなったのだ。

こちらを見るときは、時に燃え、時に濡れ、時に妖しく光った漆黒の瞳。

今はただ、柔順な犬のように澄んだ光を帯びている。

(何を悲しんでいるのだ)

己を叱咤する。

いくら形だけとはいえ、妻を娶り、増えつつある兵の上に立つ己から、距離を置こうと思うのは当然ではないか。

しかし二人きりでいる時にまでそういう目をされると、内心では、どうしたら良いのか分からなくなる。

決して冷たくなった訳ではない。

ただ何か、関羽が抱えている物を自分に見せないようになったのだ。

劉備は何か、とても大切なものを失ったような気がした。
 
妻とは長らく会っていない。
体に触れたことは一度も無いし、その顔さえ忘れつつある。

しかし関羽は、相変わらず、劉備にしてみれば何処かよそよそしい目をしていた。

「なあ関羽」

久し振りに二人で駆けた後、草原に腰を下ろして義弟に声をかける。
木に繋いだ馬は、大人しかった。

関羽は丈の短い草の上に横たわって、空を見上げている。

「何です、兄者」

声はいつもと変わらなかった。
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