三国志テキスト

□遠慮
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誰も知らない、二人だけの秘密。



「兄者」

呼ぶ声は低く、聞き慣れた者でなければ何を言っているか分からない。

彼がこんな声を出すのは、兄か弟を前にした時だけであった。

「どうした関羽」

振り返って応えたのは義兄の劉備だ。

莚を敷いて胡座をかき、いつの間に手に入れたのか、床には書物を広げている。

関羽は義兄に近寄り、その横に腰を下ろした。

ずしりと大きな体躯が動くと、家が軋む。

関羽の、何か思い詰めたような横顔を見て、劉備はほんの少し眉を寄せた。

「どうした」

書物を纏めて脇へやる。
劉備の問いに、関羽はなかなか答えない。

しばらく沈黙が続いた。

「兄者」

関羽が口を開いた。

「どうした」

今度は体ごと向き直って問う。
義弟の横顔は、相変わらず険しい。

読書に耽っていたので今まで感じなかったが、急に肌寒くなって襟元を掻き合わせた。

「どうもしません」

関羽は相変わらず険しい顔をしたまま、ぽつりと呟く。
 
「どうもしないのに、そんな顔はしないだろう」

眉間に寄った皺を指差しながら笑うと、関羽は観念したように、こちらを向いて苦笑いした。

「さあ。早く訳を話さぬか」

劉備は穏やかな笑みを浮かべている。


まだ日は高い。


長い話になりそうだった。
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