□No Title 1
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凜、と張った空間。そこは決まって学校と呼ばれる敷地の真ん中に存在している。
在るものは無と月。


「あら、貴方がこちらに来るなんて久しいわね」


俺がそこに入れば、女がいた。
漆黒の髪は長く伸ばされ、燃えるような真っ赤な目。白い肌に制服にその身を包んだ華奢な身体。
女は上品に笑った。


「ははは、俺は此処が苦手でね。あまり此処に近寄りたくないのだよ」
そう言いながら、この姿へと変わってから慣れっこになってしまった眼鏡を外し、だらしなく伸ばした髪を掻き上げ結んだ。
「でも本来私達が在る場所は此処だわ」
「分かってはいるのだがね。どうも彼方の世界に馴染みすぎたようだ」
何十年、何千年、いや、何万年という時を何千回、何万回と姿を変えて繰り返してきてきた俺達。人で在り、人で在らずモノ。


「私達ほど歴史に詳しい存在などないのでしょうね」
「上手く脚色された歴史というのも悪くない」
「ふふふ、そうね。人によって創られた真実を同じく人によって脚色される。人とは興味深いものね」


無の中に唯一存在している月が俺達を照らす。
女の真っ赤な目にそれが映って、その目を俺は捕らえた。




「ところで、今の名は?」
「ハルカだ。君はユウ、だったかな?」
「いいえ。今はカナよ」
俺達に決まった名などない。こちらでは俺達と月しか無いのだから、俺は自分、女は女と分かっていればそれでいい。
しかし、彼方で他人と区別される為にその名を与えられた。そして姿が変わる度にその名も変わった。
俺達にとって名など意味の持たないものに過ぎないのだ。
勿論、今まで与えられた名もその数も覚えてなどいない。
俺も月を目に映した。真ん丸なそれは俺達を照らしている。


「あと幾度繰り返すのだろうね」


「愚問ね。此処が存在する限り、終わりなど来ないわ」
「彼方には終焉が定められているのだがな」
「そしてあの方は再び彼方を創るのでしょうね」
俺達はこちらに捕われる限り、終わりなどない。そして、こちらには終焉など訪れぬようあの方が創られたのだから、俺達も終わりは来はしない。永遠に廻り続けるのだ。



「明日は満月だわ」
「久方ぶりに何か起こるであろうな」
月から目を離さず女は言った。俺も同じく月を見る。
次第にそれは妖美に輝いた。
自然と口元が妖しく緩む。


満月の刻を刻む度に、彼方側は終焉へと近づいてゆく。細かく言えば、それに近付けているのは他でもない、彼方側を支配している人なのだが。


「このスピードだと後100もないだろう」
「近頃は浸食が早すぎるわ。もう崩れ始めてきてる」
「どちらにしても、俺達には関係のない事だ」
「そうね」
そう、俺達にはもはや関係ない。俺達は本来こちら側のものなのだから。それ以前にあの方から彼方側に関与する権限すら与えられていないのだ。
あの方は彼方側を見るあの方の目と成るためだけに創られたのだ。俺達はただそれを狂いなく遂行するだけ。その為にこちらもあるのだ。




「さて、そろそろ時間だ」
「ええ、あの方の望むままに」
女は機械的に微笑み言った。そして長く目を閉じ、次第にこちらから消えていった。
俺はそれを見届け、女と同じく長く目を閉じた。


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