「………………」
「ふんふんふーん♪」
「………………」
「ふんふんふーん、ふふっ」
ここは、文芸部の部室。
鼻歌を歌いながらウキウキと何かを作成している少女が一人。
そして、それを気にもとめずにハードカバーの怪しげな本を読んでいる、真夏が似合わない男が一人。
その男に寄り添うように佇みながら、鼻歌を歌っている少女をじっと見つめている臙脂の服を着た少女が一人。
鼻歌を歌っている少女を奇妙な目で見つめ、思わず耐えきれなくなってしまった青年が一人。
「……なぁ…何やってんの?」
耐えきれなくなったおれ、近藤武巳は思わず少女に対し、訊ねてしまった。
「えー?何って、見て分かるでしょ?」
「………いや、分かんないから聞いてるんだけど」
「ほら、これだよ、これ」
少女が見せてきた物は、キュウリとナス。
それと割り箸やマッチなどだ。
「これをこーしてー……」
少女はナスに割り箸を四本さす。
「ほら、完成!」
「あ、あれだ。お盆の時に作る…馬とか牛に見立てて作る奴だ!」
「ちーがーうっ!!!!!」
「え!?」
「よくみて!!」
眼前に突き付けられた物は、ナスに足と手のように割り箸がささった物。
どうみても、盆に作る奴にしか見えない。
「これは"おなす"ほら、目と口としっぽがあるでしょ?」
「よ、よくみるとある…」
「本当は、悪夢や高熱でうなされている人が植物の茄子に小枝やぬり箸を突き刺すと誕生する生き物なんだけど…」
「それ、生き物なのか!!?」
「あたりまえじゃん。普通は魘されないと出来ないんだけど、なんか"チカラ"込めながらさしたら出来ちゃった」
「そんな簡単に出来るもんじゃないだろ!!」
「もーおなす知らないなんてー。今度"おなすはかせ"とか"おなすのはなし"とかでググってみ?でるから」
「……ググってみよ」
"おなす"という生き物(?)を手渡されたので受け取って、手のひらに乗せる。
生き物というだけあって、確かに動いた。
因みに二足歩行。
「ってのは嘘じゃないんだけどー」
「マジなの!?」
「おなす作ってたのは嘘だよ。初めは精霊馬作ってたの。武巳ンが言うとおり、お盆にお供えするやつね。んで、作ってたら気付いたら"おなす"も作れちゃっただけ」
「……ありえねー」
「あり得ないことは、あり得ない。……誰の台詞だっけ」
「知らねー。というか、まずなんで精霊馬なんて作ってたんだ?」
「キュウリとナスを大量に貰ったからしか理由はないけど?」
「それだけの理由で?」
「いやー…」
「……盆祭の話しから、盂蘭盆の話しへと変わったことも理由の一つだろう」
「あ、陛下」
ずっと気にせずに本を読んでいた空目も話しに入ってきた。
あー、おれが来る前に二人で明日の祭の話でもしてたんだ。
だから、お盆の話になった訳だ。
「盆祭は"多い"からね。早く帰って貰えるように敢えてキュウリの精霊馬を飾って追っ払おうかと計画を立てていた訳なのだよ、武巳ン」
「…ん?"多い"?」
「うん。あれ、気付かないか、武巳ンは。恭ちゃんは気付いてくれてたから、結構一般人も気付いてるのかと思ったのに」
「俺の場合は"嗅覚"で線香や死人の臭いを嗅ぎ分けたにすぎん」
「あ、そっか。恭ちゃんには嗅覚があったか。うーん、でも盆の時は時期的に"視えやすく"なってるし、祭っていう場も、ある種の儀式めいた所があるから視えちゃう人も多いんだよね」
少女は軽快に言った。
それに対し空目は興味深そうに目を細めた。
一人取り残されたおれは、やっと脳内の整理が終わった。終わったが、あまりよろしくない方向に結論が行ってしまった。
「………あ、あのさ、もしかして"多い"ってもしや…」
「霊魂の事だけど、勿論」
「やっぱりーー!!!!?」
幽霊話や宇宙人話、奇妙奇天烈な話は大好きだ。
大好きだが、実際に『異界』と関わるようになってからは、自分自身が直接関わるような話は勘弁したくなってきた。
ありそうで、ありえない。
ありえないけど、ありえそう。
そんな曖昧さがロマンであり、面白さでもあるのだが、この二人がいうのなら、実際にあるんだろう。
それは出来れば勘弁したい方向性に。
「あー、結構気付かないで話したり、触れたりしちゃう場合もあるから、武巳ンも気を付けなね。実は近くを歩いてる人が死者で、あんまし触れたりすると生気取られる場合もあるから。…まぁ、相手も無意識の内だろうから、そんな死ぬほどじゃないし、疲れたーって思うぐらいだから大丈夫だけどね」
「……それは全然大丈夫な範囲じゃないって思うのは、おれだけ?」
「呪い死ぬよりはマシでしょ」
「比べるものが違いすぎ!!」
「んで、武巳ンは明日の祭に行くよね?」
「……こんな話聞いた後だと、本当に怖いんですけど、おれ」
肩を落とし言うが、このマイペース人間は綺麗にスルーしてくださる。
「明日楽しみだなー。ね、恭ちゃん」
「俺はお前の作った精霊馬の効果の方が楽しみではあるな」
「キュウリに言霊でも書いて、除霊効果でも上げてみよっかなー」
「良いと思うが、そう簡単に上がるものなのか?」
「取り敢えず試してみよーチャレンジ精神は大切です」
………明日の祭が楽しみです(泣)
結局、おれには分からなかったけど、言霊を彫った精霊馬の効果は絶大だったらしい。
そして、おれは一夏の間、"おなす"という意味不明な物体を飼うことになってしまった。
(押し付けられたけど、コイツどうしたらいいんだよ!)
(飼えばいいじゃん)
(飼うって)
(好物は線香とかチョークとか粉っぽいものだけど、基本雑食だから☆)
(こいつ食べ物食うんだ!!)