〔夢は見るものでも語るものでもなくかなえるもの〕
確か高校2年の時だったかな?この小室さんの言葉を耳に
したのは。当時まさにその通りだと思って感服していまし
た!
考えようによっては今も変わらずそうであるんです。ただ
夢に対する<思い>うんぬんではなく、夢そのものの存在価
値が判った所で変化が生じました。
自分がこうありたい!こんなことをしてみたい!将来は
何々だ!この仕事につきたい!そんな熱き思いがあります
よね?でもこれは目標だったり野心だったりするんです。
それなりの自分の打算が要素としてちょっとでも入ってい
ればです。
自分は人を笑わすのが好きだから芸人になりたい!例えば
こういう人がいてもそうです。OOが好きだからとかOO
が得意だからとか、それが絡んだ時点で打算です。つまり
もう夢ではないんです!
宝くじが当たって田舎に家を買って、のんびり暮らした
い。でも買わない!これが夢です。
もっと言えば、<競馬で1億当てたい!>
その為に確率論をたたき出し、馬の情報を収集して、騎手
調教士の言葉を吟味し、自己の軍資金からリスクを計算し
て狙う1億。これが野心であり目標です!
気まぐれに買ってそれこそオッズもろくに確認せづ、ああ
1億当たんないかな?これがその瞬間に見ている夢です。
つまり夢なんて見るものであって語るものであって、かな
えられないもの。そうなるためになにかをしようとしない
ことですから当然です。まあ微妙なんですけど・・
多分そういう微妙なニュアンスの言葉が日本語で無いの
で、1括りに夢としているんでしょうが、まずはそこをは
っきりしなくてはいけません!
それをふまえた上で言いますが、どんどん夢を見ましょ
う。でも夢であるのは最初だけでいいんです。それが目標
になり、野心を持って、いつかはかなえられるようにがむ
しゃらに追いかけましょう。
中学高校は当然のこと、少なくとも20までは、(夢のある
人の方が無い人より一歩リードする)これはありますかね?
大人になるにつれ、夢と言う言葉は使いにくくなります。
先程言った打算が生じてくるわけです。変な言い方に聞こ
えるかもしれませんが、生きて行く上である程度計算が必
須になってくるからです。
だからそういうのも含めれば、夢は子供の特権です。子供
のうちにしかできないこと。その時にしかできないこと
を、しっかりその時にやっている(つまり夢を見る)人間の
ほうが後々リードに繋がりますね!
何も計算せず感性だけで生まれる欲は、年とともになくな
っていきますね。
ここに来る人たちの具合はどうでしょうか?きっと十人十
色なんでしょうね。まだ見ぬあなたとどこか成功者の集ま
る場所で、いつか巡りあえるといいですね。