〔生まれてきてしまってごめんなさい〕

 
小学校高学年になったあたりからでしょうか、毎日死につ

いて考えていましたね。


死への願望があったわけではなく、死後の世界やなぜ自分

が存在するのだろうかということを。取り付かれたように

毎日毎日考えてました!


最初はただもうひたすらに怖かったですね。死んだあとは

永遠の無が待っていて、どうあがいても何も言えず何も聞

こえず、真っ暗闇。意識だけは存在してそれが永遠と続く

んじゃないかという恐怖!


それこそ100年しか生きれないのに、億年単位の無に耐えら

れるはずがないということに絶望していました。そんな気

分ではやってられないので何とか逃げ道を探して、もしか

したら意識はなくなるから大丈夫とか、向こうには向こう

の世界があるんじゃないかとか考えるようにして、とりあ

えず絶望の淵からは逃れたりしましたね。


そいでちょくちょくそういった死への恐怖は徐々に薄れて

いって、今なんて完全になくなりましたね。


中学時代にそれこそノイローゼの如くスポーツに励み、結

果のためなら死んでもいいとさえ思いつづけたのですか

ら、中学生の時に夢中になることが見つかって初めて吹っ

切れた感があります。


高校生になったら更に夢中になって、オリンピック出場と

いう夢が、生きるエネルギーに拍車をかけ、気づけば死と

は対極の熱い男になってました。


大学時代にオリンピック選手、世界選手権の代表がごろご

ろいる環境で競技を続け、ひとつの人生は終わりました。

自ら命を絶ったのです。


そこからはSEXです!それまでひっくり返るほどのエネ

ルギーを競技にかけていたわけで、それをそっくりそのま

まSEXにぶつけました。そして今に至るわけです。
 
 

結局自ら死ぬ人にはそれなりのエネルギーが要りますよ

ね。淡白にはなかなか死ねない。女性の鬱なんか大体が情

緒不安定で、逆にいえばすごいパワーありますもんね。 

 

冒頭の言葉<生まれて・・>は太宰治の言葉を一部もじった

ものですが、誰でも1度はそんなことを思ったことはあるは

ずです。弾みとかも含めればですが・・・俺にだってあ

る。悪かったな存在して。と・でも仕方ねーだろ生まれて

きたんだから。好きなようにやらせてもらうぜ!と。

 
 
考えてみればそんなもんですよ!だって宿命じゃないか。

それよりも病気や事故、災害なんかでも死ぬときは死ぬと

いう現実を直視するしかないですね。
 
   

〔人は死に場所を探すために生きている〕


この説はどうなんでしょう?少なくとも今の自分にはある

わけもないですが、死が目前に迫っていると判っているな

らありでしょうね。


上記の原因以外でも寿命ってものがありますからね!永遠

の命なんてないんだから。


 
今日本では年間の自殺者は相変わらず300万人をきるこ

とがないですね、ここ数年は。
 

私森高は今までいろんなことをやりました!いいせんまで

行ったスポーツを止め、一時は失恋の嫌気から恋すること

を止め、最近では新卒として入った会社を辞めてしまいま

した。


職場や友達・恋人など自分で選んだからには、不満という

ものは自分のせいでもあるのです。それに納得がいかない

からやめたり見切ったりするのは当然だというIZUMを

持っています。
 

しかし死についてだけは別で、生きるのをやめようと思っ

たことはありません!むしろ少年期には恐怖の存在ですら

あったわけですから・・・


故にその毎日100人の死を自ら選ぶ人の気持ちは断固否定で

す!死ぬ直前に話すことができるのなら・・・そしてその

人は考えを改めるでしょう。


とにかく生物としては男女問わずSEXやLOVE、友

情、更には金でも野心でもエネルギーを向けていくのが普

通ですよね?


いつかは万人に幸在れ。

[TOPへ]
[カスタマイズ]




©フォレストページ