小説

□「大望」
2ページ/2ページ




光秀が出仕して控えの間に畏まっていると小姓が迎えにきた


上段に座っている信長の前まで近づき平伏す


「何をしていた」


常に単刀直入だ


「………次の戦に備え鉄砲の試し撃ちを…」


「試し撃ち?」

「左様でございます」


「誰の命令だ」


「──……それは…」



(光秀は名前を出すことがあまりにも気の毒だと思い戸惑った)


「よい。」


察しの早い信長はすぐにわかった


そして薄く笑みを漏らす


「光秀よ。うぬはたぶらかされたな」

「…………左様でございますか」


「わかっておる癖に。宿老共の仕業だな」

「………それは…」


「(仕業だと)告げるのは酷だと感じるのか」


「……いえ………」


「その情は無用である。しかしよの宿老共にしてはあまりにも愚略だったな」


「………暫し戦を控え実技から離れてました故、腕を奮う良い機会を頂けたこと
でございます」


「………………食えぬ男よ…」


信長は光秀をじっと見つめる


光秀は頭をさらに落とした



「しかし話しはそれと相容る」


「…は……」


「三千」


「……………」


(………何の数だ……)


光秀は答えの先の主語を考える


「三千の鉄砲」


「………はい…」


合点がついた


「射撃の卓越した足軽を三千」


「……」


「藤孝と順慶に。心得ておけ」


「は……」


「鉄砲は既に用意してある。うぬは宿老共の遊び相手になってる暇はない」


「承知仕りました」


「信長はこの戦、既に勝ったと見た」


「…………」


(……………大した自信だ)


「戦が終われば、次は長年この信長に欺く一向門徒共の始末へ取り掛かる」


「……………」


「仏罰よりもこの信長の恐ろしさを死ぬ前に刻み込ませてやる」


「…………………」


光秀は自分の腕が震え出しているのに気づいた


見えないが唇を噛み締め信長の言葉に耐えている



(………また皆殺しか……)



「そちに一任する」


「………………は………有り難き仕合わせ」







「宿老共の諫めは…如何いたす」


信長の目が鋭くなる




「……………それがしには……」



「よい……勝手に致せ…」




「……………」









………………──










最近の光秀は自信を消失しつつあった


信長の拝謁が終わと足早に自分の城へ帰った













「………………………」








一人、城下の景色を眺める







「何を御思案なされておる…」


重臣、溝尾勝兵衛が心配そうに声をかけてきた



光秀は拗ねた子供のように背中を向け丸める




「……………別に…」




勝兵衛は苦笑いした


「……何かそれがしに存じ上げることはありますか…」



光秀は眉を下げた


繊細な顔立ちが際立つ




「勝兵衛………乱世は終わると思うか」



「いずれは終わるで御座いましょう…………しかし直ぐは無理ですな…」


「……………いつだ」


「それば申し上げにくい言葉です。今は強豪が多すぎる……しかし弱者の塊もま
た腐敗に陥るものです……」



「……………」



「自分を犠牲にこの乱世を終結する者もいれば、 逆に己の天下を示す者も…しか
し武力が天下を成し得るとは到底思えませぬ…」






「…………………戦など……」





(………………俺は何を得た………?)






軍略の鬼才と言われたこの男は


全てに失望していた


こんな戦が自分の理想ではなかった


あまりにも悲惨な命の奪い合い


命を惜しまず宗教観への熱い信念を持つ者を否定することも出来ない自分


しかし無惨に失っていく命の尊さを教えたのはあの男であって…



「人間五十年


化転の内にくらぶれば


夢幻のごとくなり…」




勝兵衛は口すさんだ



「……………」



「儚い一生の間に、人間は何を為し、何を残すか…しかし…安土の理想はたかが
夢…………」



「…………現実はもっと醜い」



「……左様でございます…だからこそ美意識を人は好みます」





「……………私は人を殺し過ぎた…………美意識など……考えにも及ばぬ…」



憂い目で遠くをみつめる




「殿のお言葉とは思いませぬな…」



「…………此処まで来ると……言い訳など思い浮かびもせぬ…」



「…………………」





「…………それがしは………静かに暮らしたい…」










「…………… その前に… やることが御座いまする…」




「…………」



「殿…」




「…………大望ならば致すな…」



「大望など…」




勝兵衛は首を振った




「……………………」

















「乱世を終結して下され…」











「……………… 大望 だ ………」







光秀は納得した







─── 終 ─
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ