小説

□「大望」
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「明智殿の鉄砲の威力を見たい。」



長いこと仕えていた家老達の心には一物あるようだった


戦に繰り出されない年齢まで老いたもの達は内部の取締役や、兵法の武器調達や
改正の仕事などへ回される


輝かしい時代はおそらくもうないのだろう




「それがしが?」


「次の戦に向けて銃を改正しておる。試し撃ちにも兼ねて撃って頂きたい」


机に置かれたのは40挺ほどあるだろう今回改正された銃である


今だに武士道というものが兵法にあるようで銃はそこまで評価されていない時期
であった



「それがしの腕では」


光秀はようやく何故自分が射程場へ呼ばれたのかわかった


「明智殿の鉄砲の腕は天下に比類ないと言われておる」


「……………」


光秀にはわかっていた


この老人達は自分を好ましく思っていないということを


だから目の前にある10箇所の的に実際に玉が当たるかどうかこの男の技量を計り
たいのだ


もちろん失敗を想定している


老人の妬みや僻みがこのような形で向けられることもまた、哀れだった


しかし結果は結果


光秀がし損じればこの報告はもちろん信長の耳に届く



「ただの口達者な口弁者」として見られるに違いないと老人達は策略を練った



「……………」


光秀は暫し黙った



「これは鉄砲の改善報告を上様にご報告するべき大事な義務である」


「…………わかりました」



光秀は無造作にその一挺を持つ


「玉薬は全て入っておる」


「………………」


40挺、全てを撃たせるつもりだ

家老達や見物人がずらずらと集まってきた


「これから始まるのか」


待っていましたとばかりに周りの御座に座る


「鉄砲は本当に改善されたのか?」

一人の重臣が隣にこそこそと訪ねる


「それは言わさんな」


「明智殿は気づくのではな…─」


──バン…ッッ!!!



騒然な銃声の音

目を戻せば既に光秀の構えた銃の口には黒い煙が吹いていた


「…………………え……─」


あっという間の瞬間に見逃してしまったが的の方へおそるおそる視界を向けた



「………め、命中……してる…」


どっとどよめきが起る

が、驚きがさめぬうちに二発目も発射された


これも的を貫いた


三度目、四度目


間に時間を埋めることなく光秀は撃ち続けた


まるで曲芸を見てるかのように、百発百中


見事であった


辺りは黄濁色の煙で覆われ

見えるのは光秀の構えた銃から飛び散る火花




せめて一発くらい


的を外してくれたら……


そんな思いがじわじわと濃くなるにつれて光秀の腕は神業に近いものになりつつ
あった


見物人のほとんどは既にその神業に魅力されている






一方




噂を聞き射撃場入り口付近まで見てきた物見二人


「……………今のは、反れたか?」

「……いや、当たっておる」

「しかしこれは……凄いな…」

「噂を聞いてここへ来た甲斐があった」

「いよいよ武田との戦が控えておる。明智殿の鉄砲隊がいる限り、武田側は苦い
戦になるだろう」


「そうであろうなぁ。まぁ私共にしてはどちらが転ぼうか好機じゃ。織田の暴動
は抑えきれん」


「武田も。恐るべし相手」



光秀の銃声は鳴り響いている


「我々の主君、毛利様は酷く明智殿を仕えたいと使いを出していたそうだ」


「将軍義昭公もおよそそのつもりであったのだろう。後ろ盾に毛利を置き、東に
武田と上杉を置き、万が一の時は家臣、明智殿に守られながら逃げる策略を…」


「明智殿は何故、織田についたのであろうか…」


「………」



「……………ん?」


暫しの沈黙に気づいた


銃声の音が鳴り止んでいた


「終わったのか?」


「いや、早すぎる」


二人は慌てて覗き込む









「…………………」



中は沈黙していた


光秀が突然射撃をピタリと止めてしまった


光秀の家臣がやってきて耳元で何やら話し込んでいる



話し終わると



「……… 失礼 、 上様から謁見を遣わされた。直ちに退出したい。」



「………………………」




中心軸の家老達は何も言えなかった

明らかに負けだった


唾を飲み込み焦りを悟られないようにしてる


しかしはげ上がった額に吹き出た汗が実況を物語っていた



「手前から訪ねてもよろしいかな?」


「……な、なんでござる…」


「感覚的な違いだから恐れ多いが……銃に改良されたような手応えがなかった」


「………さ、左様か……」


一人の老人は目も合わせられなかった


何も改良されてない銃だから当然の結果である


「気苦労かけて、申し訳ないがもう一度見て頂きたい」


「……承知致した…」



光秀は丁寧に一揖すると足早と退出した








「…………」



物静かに残る神業の施し


主君信長の為に

この腕に神の魂を宿すよう日々鍛錬されてきた


それが今目の前で形として披露された

織田に天下を施してきた姿


神風が去ったような静けさだった


暫しその空間を家老達は何も言葉を口に出来なかった




「………だから言ったであろう。明智殿にはかなわないと…」


「何を今更逃げ腰になっておる」


「明智殿には始めからわかっておった」


「わ、分かるものか!」


「高慢な鼻をへし折るなんて仕打ち、誰がそのような愚かなことを」

「戯言を申されるな!明智殿は人望厚いお方だ。それがしは純粋に明智殿の鉄砲
の腕を拝見したく……」

「一人だけ逃げようたってそうはいかぬ」

「に、逃げようなどとは…」


「銃改正のご報告は上様になんと申し上げるつもりか……」


「………上様へのご報告は、銃を直ちに改良した後だ」


「直ちに?」

「そんなすぐには……」

「直ちだ!!!こんな始末ではもし上様に知られたら我々の存続も危うい」


「すぐに取り次ぎを」


「承知致した」








──────…






物見二人はまだその場にいた




「やはり、そうであったか」


「な、何だ?」


「わからぬか。この試し撃ちは全てが嘘であったのだ」

「なんと」


「織田の家臣達の選抜はは実力主義故、あのような老人共には明智殿のような成
り上がりだが才能を認められ出世した者が口惜して仕方ないでござろう」


「しかしいよいよ大事だ。織田は鉄砲を貯えておる。我々も直ちにに急がねば」

「大戦じゃな」

「毛利様になんとお伝え致すか」

「織田は計り知れないことを考えておるるに違いない、と。」


「いよいよ鉄砲の時代が始まる」




二人はその場を退出した

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