西山中学陸上部 第一部

□WILD WIND
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あたしは襟元を直しながら、向き直る。
「話があるなら堂々と来たらどうですか、松浦先輩?」
何人かいる先輩たちの一番後ろで、にやにやしている彼女に声をあげる。
あたしの顔が苦痛に歪んでいるのが、そんなに面白いのか。


松浦がまっすぐにあたしの方に向かって、歩いてくる。
「あんた、邪魔なのよ」
松浦は抑えた声で、一言呟く。
女子の声ってこんなに低くなるものなんだ。
しかし『邪魔』って言われたからって、透明人間じゃないんだからこの場で消えるわけにはいかない。
ものすごく大げさにため息をついてみせてから、告げる。
「あたしのことが邪魔でうっとおしいなら、呼び出したりしなきゃいいんじゃないですか?
学年も違うし、部活動で会うこともないんだから。それに、陸上大会の時もわざと足引っかけさせようとしてたし、言ってることとやってることが違いすぎないですか?」
答えた瞬間、どん、と背中を押された。
振り返ると、さっきリボンを掴まれた人ともう一人、ショートカットの先輩がいる。
「あんた、さっきから生意気よ!!」
思いっきりにらんで、威嚇する。二人ともびびってくれる。
こういう時だけは、目が大きく生まれてきたことに感謝する。
「さっきから聞いてるけど、コイツ、やっぱり生意気だねぇ」
さっきとは違う方向から声が飛ぶ。
余計なお世話だ。
横方向から二人ほどに蹴られたので、当然蹴り返しておく。
軽めのつもりだったが、結構力入ってしまっていて相手がバタバタと転ぶ。
「何、コイツ。むかつくんだけど」
「いったぁーい。なにすんのよ……」


ここにいるこいつらに「こいつ」呼ばわりされる筋合いはない。
冷静でいたいのに、どうして心はこんなにも『こいつらを絶対に許すな』と叫んでいるのか。
怒りで血がたぎる、とはこういうことか。



「うるさい!! 外野は黙ってろ!」


あたしが蹴ったやつ、背中を押されたやつらは呆然としている。
反撃されると思っていなかったのか、いや、さっきの乱闘寸前を見ているなら簡単に手出ししないだろう。
もし相手に反撃される可能性を考えていなかったとしたら、ただの馬鹿である。
「どうせ、姉が卒業したから来たんでしょう。そんなところだろうと思った。威張っているわりに臆病者なのね」
「……ねぇ、松浦ぁ、こいつ、あたしたちが礼儀教えてあげた方がいいんじゃないのー?」
年上とも思えない相手に礼儀を払う必要はない。
「どんな礼儀だか」
挑発しているつもりはまったくないのだが、声に出ていたらしい。
「そうなのよー。生意気なんだよねー。だから、シメちゃおうと思ってさ」
は?
「二度とそんな口がきけないようにね」


パチン、と何かを開いたような音が聞こえる。
松浦の手には、折りたたみ式の小型ナイフが握られていた。
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