西山中学陸上部 第一部

□BATTLE!
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『BATTLE!』2

瞳と永野はその後、担任を含む数人の先生たちの手によって職員室に連行された。
「いったい、何が原因なの?」
担任の佐藤先生は二人を交互に見て、ため息をつくような仕草をしながら尋ねる。
互いに制服はボロボロで、瞳の長い髪はぐしゃぐしゃに崩れている。
「……永野君が、あたしが国語のテストでクラス最高点を取ったのは……林くんの答案をカンニング
したからだ、って言うんです。元々国語が得意で、証拠もないのにひどすぎます」
「永野君、本当なの?」
佐藤先生が永野に尋ねるが、ばつが悪いのか、黙っている。
「本当です。クラスの子たちに聞いてもらって構いません。それに、もし永野君が見ていたのなら
彼の方がカンニングです。
テストの時の出席番号順だと、『な』の彼の席のほうが前です。
二つ後ろにいるはずのあたしを見ていることの方が不自然です」
さっきは口にしなかった、決定的な証拠をあげる。
これを出されれば、何も言えないだろう。
「永野君、どうなの? 藤谷さんの言うことに間違いない?」
「……そうです。カンニングなんてでっちあげです。林のことにかこつけただけです」
一点張りだったさっきとは違い、永野はあっさりと嘘を認めた。
「どうして、そんなことをしたの?」
「生意気だから。姉ちゃんが生徒会長だと思って威張ってるし」
確かに、二つ上の姉・水樹は西山中学初の女子生徒会長である。
しかし、瞳はそれを鼻にかけたことも自慢したこともない。
この発言にまた理性を失いそうになるが、かろうじて耐えた。
「生意気だったら何をしてもいいわけ? だいたい、姉が会長だからって威張ったこともないし、自慢したこともないわよ?
あたしはあたしで、お姉ちゃんじゃないんだから!! 気に入らなかったら無視すればいいじゃない!
中学生にもなってそんなことも判んないなんてバカじゃないの?!」
「………」
大きな目で真正面から睨みつけられた上にものすごい勢いでまくしたてられて、彼はさすがに何も
言えなくなっている。
「殴ったことは謝ります。
でも、無実の罪を人に着せたのだということを永野君は忘れないで欲しいです」
「わかりました。それから今日のことは親御さんに報告します」
「は?」
なぜ、親に言うのか?
よくわからない。
「お互いに殴っているでしょう?
もし、お互いに後から体の痛みなんかが出てきても困るでしょうし、藤谷さんの場合、お姉さんのことも絡んでいるからお母さんに聞いておいてもらう必要があると思うの」
「わかりました」
「それじゃ、この件はお互いに謝って終わりにしましょう」 
「ごめんなさい」
「ごめん」
とりあえず、儀礼的に謝っておく。
本当はまだ、胸がむかむかしてしょうがない。 

          

「まぁ、何はともかく二人とも喧嘩はダメよ。
特に藤谷さん、あなたは女の子なんだから今日のようなことは感心しないわ」
「何でですか?」
「え?」
担任は不可解な音を聞いた時のような、間抜けた声を出した。
「『女の子だから』っていうのは、どういうことですか? もし、あたしが男だったなら、いくらでも殴り合いの喧嘩していいってことですか?
――女だろうが男だろうが理不尽な目にあったら戦うべきだと思います」
駄々っ子をあやすような、優しい声で語りかける。
「今はよくても、そのうち体力的にかなわなくなるでしょう?」
「痛い目を見たくなかったら、自分の意見を引っ込めていろということですか」
担任の顔色が、変わるのがわかった。
「そんなことは言ってないわ。藤谷さん、落ち着きましょう」
『落ち着きましょう』と言われたものの、あたしの頭の中は元から落ち着いていた。
「ものすごく冷静です。それに力で戦うことがすべてではないでしょう」
彼女は瞳以外に、『理不尽なこととは戦う』と教えた両親をも否定したことを知らない。
これ以上の議論はムダだと感じて、切り捨てるように言葉を吐いた。
「先に保健室に行きます。失礼します」
まっすぐ戸口に向かい、わざと大きな音をたてて扉を閉めた。




職員室を出て、すぐ隣にある保健室に行く。
永野は一緒にならないように、もう少し職員室に残されるだろう。
おそらく担任もそれくらいはしてくれると思いたかった。
保健の先生は瞳の顔を一目見るなり、言った。
「あらまぁ、派手にやったわね」
顔を手のひらでぬぐうと、頬からわずかに血がにじんでいるくらいだ。
これは派手というほどのものだろうか?
「傷が随分長いわね」
「そうですか?」
「ほら、そこの鏡で見てごらんなさい」
見ると、3センチはあるようだ。
「転んだとかじゃこんなにならないわよね。何かやったの?」
「いえ、ちょっと……」
まさか男子と大立ち回りを演じたとは言えない。
あいまいにごまかした。
昔、習っていた合気道の技が出なかった、というより咄嗟に出さなかった自分にも今更ながらに驚いた。
技を出していたことを知られた日には、両親や姉に何を言われるか判ったものではない。
頬の傷は大きくて、絆創膏ぐらいでは隠れそうにもない。消毒だけしてもらう。
「髪までぐちゃぐちゃじゃないの。直してあげようか?」
「後で結び直すので、そのままでいいです」
手当ての後に保健室を出て、手洗い場に向かう。そこで二つに結わえた髪をほどく。
本当ならばそのまま結ばずに流しておきたかったが、細かいことにうるさい上級生に見つかったら何を言われるか判らない。
持ち歩いている櫛を出して、後ろでひとつにくくり直す。
上から下まで制服を眺めやると、多少の埃はついているが破れたりしているところはない。
埃を払い終えると、ちょうど、授業終了の鐘が鳴る。




教室に戻ると、空気が一瞬固まる。
戻ってきたのを世良が目ざとく見つける。
「瞳、大丈夫? 先生に何か言われた?」
「大丈夫だよ。ただ、『女の子なんだから今日みたいな喧嘩しちゃだめ』だって」
「何でよねー。こっちはふっかけられたんだ、って言った?」
「言ったわ。それが濡れ衣だって永野も先生の前でちゃんと言った」
「あの先生、生徒のことわかってないんじゃないの」
世良は呆れがちに呟く。
林くんがいつの間にか近くに立っていた。
「藤谷、申し訳ない。俺のせいで……」
「いいのよ。永野は本当はあたしが気にいらなくて、文句つけたかっただけなの。それを林くんにかこつけたのよ」
「本当に申し訳ない。藤谷がそんなことするはずないよな。
藤谷は一学期最初のテストでも国語が最高点だったのに、そんなことも忘れて文句つけて最低だ。
ちゃんと俺からも永野に言っておくから、勘弁してやってくれないか」
瞳が一学期最初のテストでも国語が最高点だったのは事実だが、よく覚えていたものだ。
「なんで、そんなこと覚えているの?」
「国語に関してはライバルだと思って気にしてたんだ。
もし、まだ疑われるようなら言ってくれ。俺が説明して歩くから」
ありがたいけど、それは遠慮する。
男子同士、女子同士ならまだしも、男子と女子のことでは『あいつらはつきあってる』だの言われてしまう。
何も知らない人間に痛くもない腹を無駄に探られるのは嫌だ。
「それは林くんが心配することじゃないわ。それに疑ってる人からしたら『あいつはカンニングした奴をかばってる』とか思われるのがオチよ。何か言ってくるのがいたらまた叩きのめすだけだから平気よ」




次の時間のための教室移動の途中で、すれ違いざまに誰かに呼び止められる。
「藤谷」
振り返ると、鈴木が立っていた。
C組も移動なのだろうか。
彼は自分のネクタイのあたりを指差しながら言う。
「リボン、曲がってる」
しまった。そこまで見てなかった。トイレで直そう。
「あ、ありがと」
お礼を言って、階段を登りかける。
すると、思いがけない言葉が飛んできた。
「佐々田から話は聞いた。俺は全面的にお前を信じるからな。バカは気にするなよ」




答える間もなく、じゃあな、と鈴木は階段を降りて行ってしまう。
佐々田が話した?
クラス内のことなのに、わざわざ心配かけるようなことを話しやがって。
たまたま居合わせたのならまだしも、いちいち話すなよ。おしゃべりめ。
おしゃべりな男は嫌われるんだから。


それでも、自分のことを無条件で信じてくれるひとがいることは嬉しい。
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