西山中学陸上部 第一部

□BE THERE
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それは、前触れもなくやってきた。


ある日、いつものように部活を終えて家に帰ると、玄関に見慣れない靴が並んでいる。
「誰か来ているの?」
台所に立っていた母に尋ねる。
「久之叔父さんたちよ。ご挨拶してらっしゃい」
「はーい」
気のない返事をしながら、居間へ向かう。
久之叔父さんは父の弟で、設計士の仕事をしている。
奥さんである真季子おばさんの名字を名乗っているので、父とは名字が違う。
『たち』ってことは、おばさんといとこの展人(ひろと)も来ているのだろうか。

       

居間に顔を出すと、久之叔父さんが真っ先に反応した。
「おぉ、水樹……でねくて、瞳だな? だいぶ見ないうちに大きくなって」
姪の名前を間違えるのは、叔父さんにとっては日常茶飯事だ。
お姉ちゃんをあたしと間違えたり、和紗をお姉ちゃんの名前で呼んだり。
小さい頃からなので、さすがに慣れてきた。
「瞳ちゃん、こんばんわ。お邪魔してます」
真季子おばさんが挨拶してくれる。
展人の方は、軽く片手をあげて「おぅ」とか何とか言った。
一番最近会ったのは、中学入学の頃だから1年前のこと。
見ない間に随分、男っぽくなっちゃって。
「瞳、そんなところにいないで入るなら入りなさい」
父に言われたけど、入る気はなかった。    
「挨拶に来ただけだから。叔父さん、おばさん、展人(ひろと)、ごゆっくり」
あたしはすぐに二階の自分の部屋に上がった。
――まさか、その場でとてつもなく大事なことが話されているとも知らず。





夕食に呼ばれて一階に下りる。
姉はまだ帰ってきていない。
和紗はいつの間にか帰ってきて、母親の手伝いをしている。
夕食は台所のテーブルではなく、叔父さんたちと一緒に居間で取ることになった。
「瞳、和紗」
父が静かな声で娘たちの名を呼ぶ。
「お前たちに話さなくてはいけないことがある」
「何? お父さん」
「展人が来週からうちに住むことになった」
声も出ないくらい、驚いた。
そうしたら、叔父さんとおばさんは?
「何で? 叔父さんとおばさんがいるじゃない」
「どうして叔父さんとおばさんと一緒に住まないの?」
あたしたちはそれぞれ反論の声をあげる。
叔父さんがあたしたちに説明してくれた。
「あのな、叔父さん、転勤で九州に行くことが決まったんだ。
長くて3年は行ってくる。もしかしたらもっと長くなるかもしれない……恥ずかしいけど、叔父さん、家のことはからっきしでな。おばさんが一緒に来てくれることになったんだけど、展人は来年、高校受験だろう?
こっちで受験した方がいいんじゃないかと思って、お前たちのお父さんにだいぶ前から相談していたんだ」
「お母さんは知ってるの?」
「ええ、お父さんから聞いていたわ。真季子さんは一人娘で、ごきょうだいがいらっしゃらないし、
秋子さんのところは今の学校の校区内になるけれど、夏美ちゃんが小さいから展人くんまでは手が回らないでしょう? だからうちで預かることになったのよ」
秋子叔母さんは父の妹で、久之叔父さんにしてみれば姉である。
叔母は1年前に夏美ちゃんという一人娘を産んだばかりだった。
――そうだったんだ。
「そういうわけだ。水樹には後でお父さんが話しておく」
「明日、学校に手続きに行って来週の頭から通えるようにしておくわね」
「お義姉さん、よろしくお願いします」
久之叔父さんと真季子おばさんが母に頭を下げる。
一緒に展人も頭を下げている。

    

――ちょっと待て。
展人とあたしは同い年だ。
転入する学校は、当然西山中学になるのだろう。
もしかしたら、同じクラスになる可能性があるのだろうか?



いや、いとこなら先生方も同じクラスにならないようにきっと考慮してくれるに違いない。
そう思いたかった。
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