短編小説

□確率
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朝、出掛けにテレビから聞こえた声。

「クリスマスイブと満月が重なったのは、1969年以来なんですよ」
そうなのか。
納得してテレビの電源を落とした。



1969年。
38年前。
二十歳のあたしは影も形もなくて。
両親ですらきっと今のあたしよりも若かった。
今のあたしになる確率は、まだ0%。


夜、寝物語に彼につぶやく。
「クリスマスイブと満月が重なるのは38年前以来なんだって」
「ふうん」
彼は興味なさげに簡素な返事をした。
「38年かぁ、何か想像つかないな」
「そう? あたしはできるけど」
38年経ったあなたは、70すぎの白髪のおじいちゃんで。
盆栽と囲碁が趣味なんだけど、背はしゃんとしているようなそんなおじいちゃんに、きっとなる。
38年経ったあたしは60近いおばちゃんになる。
おばさんパーマをあて、スーパーで週三日パートをして、もしかしたら小さな孫を抱いているかもしれない。


でも、おじいちゃんになったあなたの隣にいるのはあたしじゃない。
共白髪になったあなたの奥さんと、今のあなたにそっくりな、あなたの子ども。
もしかしたらあなたやあなたの子どもにそっくりな、孫もいるかもしれない。



たくさんの勇気と覚悟を決めたはずなのに。
どうして、いまさら苦しくなってる?
ううん、苦しくて当たり前なんだ。
顔も知らない、あなたの家族を苦しめてるんだから。





たくさんの出会うべき人たちがいて、なぜあなたじゃなきゃいけなかったのか。
それは確率の産物。
あたしが現在のあたしになる確率。
あなたが現在のあなたになる確率。
あたしがあなたを好きになる確率。
あなたが想いを返してくれる確率。



昔、誰かが言っていた。
「人は出会うべき人にしか出会わない」と。
許されなくても、この想いは確率じゃなく必然だと信じたい。
今だけは。
  

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