短編小説

□その指から生まれる
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 それはとても小さな、世界。


 「巻原、お前さぁ、いつも携帯ばっかり見てるのな?そんなに面白い?」
「――面白いよ」
自分の指先から生まれる言葉が誰かと世界を共有している。
喜びも悲しみも辛さも切なさも寂しさも、楽しみも疑問も不思議も、気づくと誰かが自分の言葉に答えてくれている。
Twitterと名付けられたその場所で、僕は本名に似せた、say05――牧原せい――という仮の名前を生きている。
現実が辛いわけじゃない。
でも、現実では言えない言葉が短い人生の中にある。
たまに呟きは受け流されていくけれどそれすらも心地よい、そんな場所。
答えてくれる人の顔は知らない。
年齢も自分のような学生から大人まで、様々なんだろうと想像するだけ。



 そんな日常が永遠に続くと思っていた。
――この国の半分を揺るがす、大きな災害が来るまでは。


 僕は災害の中心地と後に語られることになる、その場所に住んでいる。
僕自身や家族も無傷でいられたし、山のふもとに建つ家も無事だった。
Twitterは災害発生時から繋がらなくなり、そのうち携帯電話の充電が切れる。
充電が切れても電気もガスも水道も、災害で完全にやられている。
あの小さな世界にいるみんなに「僕は無事です」の一言も伝えられない。


 僕は無力だ。
どれだけ依存しているのだろう。
あの世界がなかった頃はどうやって生活していたのか、もう思い出せない。


 それから一週間後、電気が復旧した。
家じゅうの部屋という部屋に明かりが一斉に灯る。
寒くて居間に固まって座っている父と弟が「電気が!」と叫ぶ。
僕は自分の部屋に駆けて行き、携帯電話の充電器をコンセントに差し込む。
携帯電話の充電中のランプが点灯する。
ようやく僕は安堵する。


 携帯電話の充電が完了してすぐにTwitterを開く。
思ったとおり、僕あてに何件も心配する呟きが届いている。
僕は返事をする前に「無事です」と書き込む。
自分の呟きが目の前の小さな画面に映る。


 文字にしてしまえば、とてもたわいのないことかもしれない。
「無事です」の四文字が僕がここにいることを世界に教えてくれている。
顔も本名も年齢も性格も知らない僕を、心配してくれる人がいる。
その人たちにも届けたい言葉がある。


 視界がユラリとにじむ。
涙に気づかないふりをして、鼻を鳴らす。
また僕あてに数件の返信が届いている。
災害前の返信と合わせて、僕は返信をポチポチと打ち始める。


 僕はまた、この世界と繋がって行く。
この先もずっと、この指から生まれるだろう言葉を持って。

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