短編小説

□深く、
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  ――夜更けに目が冴える。
また眠れないのかと、自分の体質に呆れる。
一人では広すぎる部屋の隅には、彼がよく眠っている。
彼がこの部屋に住みついてから、三年が過ぎようとしている。


 彼とは同業者同士の研修会のようなもので出逢った。
研修期間が一週間あったにも関わらず、なぜか偶然にも三日連続で隣の席に座ったのだ。
私は恋人と別れて間もない時期で、誰かともう一度恋愛を始めようなんて思えなかった。


 だが、彼は慣れた猫のように私の懐に入り込んできた。
「好きだ」
彼の告げる言葉に、はい、と間抜けな返事をしたことさえ今でも思い出せる。


 彼は私に何も求めない。
「好きだ」と告げた返事のやり直しも、それ以上の行為も。
一緒の部屋に寝ていても同じベッドに入ることはこの三年、一度もないのだ。
そのたびに私は揺れてしまう。
「これでいいのか?」と。
私も彼もお互いのことを本当に好きなんだろうか、と。


 「香澄?」
声を殺して泣く私に、眠っていた彼が気づいた。
「どうした?泣いているのか?」
「何でもないよ」
「また眠れないのか?」
三年も一緒にいる人に隠し事なんてすぐにバレる。
衣擦れの音がする。
彼が起きあがったのだろう。


 「篤志」
彼の名前を呼ぶ。
「ん?」
「私、ずるいのよ」
「何が?」
「篤志が隣にいること、当たり前みたいに思ってる。それなのにあなたが何も求めてこないことに安心してる。『愛してる』って言ってくれないことさえも」
「……ようやくわかったんだな」
「え?」
「俺は香澄が『何が欲しいか』自分で言えるまで、待っていたんだ。俺が告白した時は勢いで返事しただけだって、わかってた。香澄の寂しさや辛さにつけこんだんじゃ嫌なんだ。安心してもらって俺がどこへも行ったりしないって分かったら、その時に改めて始めようって自分と賭けをしてたんだ」
「……もし私がずっと今までみたいだったら、どうするつもりだったの?」
「その時は何も変わらない。今までどおりだよ」
「そんなの嫌よ」
ベッドを降りて、彼のところへ寄っていく。


 しゃがみこんで、彼の手を取る。
「愛しているわ」
「俺も愛してる」
私の手を振りほどいて、彼は私を抱きしめた。



 自分が欲しがるばかりではダメなんだ。
ちゃんとわかるように伝えないと、欲しいものはすぐに手の中から逃げていく。
それでいいんだ、と自分に言い聞かせて、彼をもっと愛していこう。
もっとずっと深く。

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