第一部インターバル

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 うっかりして家に数学の教科書を忘れた。
A組にいる友人の佐々田幸彦のところに借りに行ったら、何だかせわしないというか、浮き足立った感じが教室中を取り巻いていた。
「佐々田、どうした?」
佐々田に声をかけたら、返ってきた声は明らかに元気さを欠いている。
「あぁ、鈴木……」
「何かあったのか?」
佐々田はそこで一瞬、顔色を変えた。
「今、顔色変わったぞ。さあ、白状しろ」
「……や、実はさ、」 
 友だちの藤谷瞳が男子と大喧嘩をやらかして、さっき職員室に二人して連行されたのだと。
あいつの性格は俺たち二人と、親友である河内世良が一番よく知っている。
確かにあいつならやりかねない……。
「原因は?」
「藤谷が今回の国語のテストで点数がクラス一だったらしいんだよ。で、永野が『あいつはカンニングした』といちゃもんをつけた」
藤谷がカンニング?
バカな。あいつは見た目体育会系だが、国語は得意科目のはずだ。
どこの世界に得意科目をわざわざカンニングするやつがいるっていうんだよ。
「藤谷は国語ができるんだよな。で、当然やってないわけだから、そこでケンカになる。普通の女子なら言葉で負かすだろうが、永野が証拠もないのにむきになって『自分は見た』とか言うもんだから、藤谷が爆発して永野を殴り飛ばした」
その時の様子が目に見えるようだ。
「カンニングされた奴が言ったなら話はわかるんだよ。でも、永野の主張は俺が聞いてもおかしかったぜ。『俺は藤谷が林の回答を見ているところを見た』だもんな。
テスト直後ならまだしも、今頃言い出すのもわかんないし」
「それって、やっかみじゃないのか?」
「たぶんそうだろうな。あいつ、目立つから」
藤谷瞳は男勝りというか、さばさばした性格をしている。
そのうえ男子の高嶺の花であるらしい現・生徒会長の妹で、顔もよく似ている。
これで目立つな、というのは無理があるかもしれない。

       
 林も永野も俺たちと同じ男子テニス部に所属しているから、クラスは違っても顔は知ってる。
俺は佐々田の話を聞きながら、あることを考えていた。
「佐々田、ちょっと耳貸せ」
全部話してやると、佐々田は明らかに顔をほころばせた。
非常にわかりやすいやつだ。
「俺もやるぜ。友だち傷つけられて黙ってらんないもんな。林にも話通してくる」
「俺が直接話すよ。そのほうが判りやすいだろ」


 
 すぐに教室の別な集団にいた林に声をかける。
「林、ちょっといいか?」
「ああ」
林は同じ部とはいえ、あまり接点のない俺に声をかけられたことが意外だったようだ。
話しかけられたこと自体が不思議そうな顔をしている。
「さっきの騒動のことで……」
「うん。なに?」 
いつも部活で永野の球打ちの相手している林に、二日間だけ代わって欲しいことを告げた。
「どうして?」
『どうして?』だと? 
「友だちがやられた仕返しだ」
「それはいじめにつながらないか?いじめに発展するようなら俺は賛成できない」
「いじめじゃないし、そうなる可能性もない」
すぐにはっきりと伝えた。
「俺はいじめがしたいんじゃない。できれば今日の放課後までに返事くれ」
どう受け止めるかは林自身の判断に任せることにした。

       

 言いたいことは言った。
もし、林の協力が仰げないなら佐々田と二人で何とかするだけだ。
返事は意外にも早く来た。
次の休み時間、林がC組まで来た。
「俺がするのは球打ち相手を代わることだけだな?」と、確認された。
「ああ」
「なら、代わるよ」
了承の返事が来た。
後は放課後を待つのみだ。  
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