第一部インターバル

□--願うことは罪?
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 中平市立西山中学校1年A組のとある班の班員二人は、途方に暮れていた。


 今日は校外学習で隣の市である千寿市にやって来た。
班員六人で移動中に置いてきぼりにされたのだ。
自分たちの次の行き先は小冊子にされているので、わかる。
しかし、次は昼食のはずだった。
「そもそも、あんたがあんなところでぼーっとしているのが悪いんでしょうが」
「そんなこと、言われても……」
河内世良に怒られて、佐々田幸彦は反論を試みる。
自分たちが今までいたのは、山の上にある博物館だった。
展示物に見とれてしまった幸彦が世良に声をかけられて外に出ると、もう他の班員の姿はなかった。
市街地に下りるため、バスに乗ったものと思われた。
反論は、一言で封印された。
「もういい。ここでぐだぐだやっていてもしょうがないし、行こ」
「どこに?」
「市街地に戻るに決まってるでしょ」
バスの停留所で、時刻を見る。
―――次のバスは、三十分後。
「仕方ない。歩くわよ」
タクシーが使えるほど、中学一年生は豪勢ではないのだ。

      
 五分後、二人は博物館からのなだらかな坂を下っていた。
これが下りだからまだ楽勝なのだ。
上りなら地獄に等しい。
歩きながら、二人とも口数が減っていく。
「疲れた」
「歩くって言ったの、お前だろ」
「ちょっと休む」
歩道の木陰で立ったまま、休む。
五月だというのに、日ざしの照り返しが強い。
幸彦は世良に視線をやった。
――なんですぐ怒るのかな。
彼女に言わせれば『それはあんたがトロいからだ』と言われそうだが。
まだ入学してひと月だというのに、世良とその親友・藤谷瞳は男子からの評価が高いらしい。
藤谷の場合は、現・生徒会長にそっくりな妹というところも大きいようだ。
幸彦にはよく判らないが、生徒会長は『高嶺の花』というものらしい。
彼と別のクラスの友人・鈴木秀之の耳にもそれは伝わってきていて、同級生や先輩たちから『お前らどういう関係だ?』と尋ねられることもたまにある。
―――そんなの本人に聞けよ。
幸彦は尋ねられるたびに、苛々してしょうがなかった。


 再び歩き始めると、後ろから軽快な鈴の音がした。
自転車がベルを鳴らしたようだ。
「こっちに寄れよ」
幸彦は世良の手を取って、自分の方に引き寄せた。
意外と小さくて、柔らかいことに驚く。


 「今日はごめんな」
「いいよ。佐々田だから許す」
「下降りたら何食いたい? おごるよ」
「うなぎ丼」
幸彦の顔色がさっと変わったのを知りながら、面白がって世良は笑う。
「ウソだよ。ファーストフードでお昼にしよう」
「うん」
ジュース代ぐらいはおごろう。
「……いつまで、手握ってるわけ?」
反射的にパッと手を離す。
「そんなに触りたかった?」
「なっ…、」
言われて、赤くなる。
別にそんなつもりじゃなかったのに。
「自転車、後ろから来てたの気づかなかったくせによく言うよ」
「なんだとー」
どつかれそうになって、必死で逃げまわる。


 幸彦は彼女の手の感触を思い出す。
―――もったいなかったな。



 今すぐじゃなくていい。
いつか、彼女がこの手を握り返してくれる。
それを願うことは、罪だろうか?     

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