始まりは奪うように











灰色の風は舞うように歩く












風が吹いていた










チャイムが一日の終わりを告げる。

いつものこの時間は帰宅部の生徒で騒がしい廊下も、今日は何故かとても静かだ。


台風が近付いているらしい、今日は早めに帰るようついさっきHRで担任がいっていた。

警報が出て今日は部活もない。


花井は誰もいない廊下を早足で靴箱に向かう。

日直だったせいでみんなより帰るのが遅くなってしまった。

阿部や水谷も早々と帰ってしまったので、多分、今残ってるのは花井と数人の教師くらいじゃないだろうか。


早くでないと靴箱のとびら閉められるな・・・
大体こんな時くらい日誌を明日に回してくれてもいいんじゃないか?


少し頭の固い担任に不満を覚えながら、さっさと靴を履き校舎を出た。


外へ出ると風が少し強く吹いている。


早く帰ったほうがよさそうだ。


帰り着くまで雨が降らなきゃいいなぁ・・・

そんなことを思いながら、花井は自転車小屋へ向かった。


途中、グラウンドの横を通る。

なんとなく目をやる。そこには人っ子一人いない。

いつもはいろんな部活で賑やかなグラウンドも、今日は土の上を風が通りすぎて行くだけ。


なんか変な感じだな・・・


いつもは自分たちもあのグラウンドの上で、土を削って泥まみれになっているのに

そう思うと妙な感じがした。


誰もいないグラウンド。その横、花井の立っている砂利道にも今は誰もいない。
しんとした空気は、時を止めているようにさえ感じる。


花井はふと立ち止まると空を見上げだ


目を向けた先には、灰色に蠢く空。


なんだか眺めていたくなる。
小さな頃から、花井は嵐の前の空が好きだった

誰もいなくなる校舎、静かな空気はまるで世界に自分だけしかいない気にさせるのに、雲と風だけは力強く蠢めいている。


その生温かい風が全身を撫でていくのも花井は好きだった。


こんなことしてる場合じゃないんだけど・・・

頭のどこかでそんなことを思いながら、花井は目を瞑って風の流れを追った。


この感じ、試合の時と少し似ているかもしれない


そう…試合の時の、ぴんと張り詰めていて、そして躍動するような空気感に・・・


花井はふと思った。


・・・そういえば、ほかにも何かこれに似たものがあった気がするけど

一体なんだったか・・・


そんなことを考えていたとき



「…はないー??」



突然の声に、急に現実に引き戻され、体がビクリと跳ねた。

見れば田島がこちらへ走ってくる。


まだ残ってたのか…


自分の変なところを見られたようで、少し恥ずかしい。
その恥ずかしさを悟られたくなくて、今のは何でもないんだと言うような顔で、花井は田島が走ってくる方へ振り返る。


「花井つっ立ってなにしてんの?」


花井は少し答えに詰まった。
ただ空を眺めてましたなんて馬鹿みたいで言えない。

どこのロマンチストだ


「なんでもねー、グラウンドの倉庫とかちゃんと鍵閉めてたか気になっただけ」

「ふ〜ん…何かおもしれ〜もんでもあるのかとおもった」


意外にすんなり納得した田島に、花井は胸中ほっとした。

ふと、田島を見てあることに気づく。


「・・・田島、お前鞄は?」


見れば田島は、いつも肩に背負っている鞄を持っていない。


「ん?あぁ、だって俺一回家帰ったし」

「は?それで何でまた戻ってきてんだよ、お前は」

てっきり、こっそり校舎に居残っていたのかと思ったらそうではないしい。


「だってさ、台風の日とかってなんかわくわくしねぇ?家帰ってもひまじゃん。だから出てきた!」

そしたら花井がいてさ!なんかラッキー!

「・・・お前なぁ・・・」

田島らしいといえば田島らしい理由に、危ないだろ!と、注意する気もそがれた。

「花井こそ、何でこんな帰るの遅いの?」

「俺は日直」

お前みたいに子供っぽい理由じゃねぇんだよ

同じ扱いをされたくないと花井は思った。
さっきまで、空を眺めてぼ〜っとしていたのを思い出したが、この際放っておく。

「ふ〜ん・・・じゃあさ、じゃあさ!せっかくだからちょっと寄り道しねぇ?」
「はぁ?台風来てんのに、どこに・・・」
「部室とかさ・・・こっそり忍び込んだら楽しそう!」

妙にうきうきしながら田島が言う。


しかし、花井は

「却下、つーか鍵無いのに無理だろうが」

もっともな理由だ。

けれど、田島はまだあきらめる気が無いらしい。

「じゃあさ!体育倉庫は?あそこ鍵壊れてるんだぜ?知ってた?」
「・・・だから・・・どこもいかねぇって・・・」
「じゃあ、俺の家とか・・・」

「っだから!いかねー!帰るっつってんだろ!」


しまった・・・

声を荒げてしまった花井は、目の前で呆けている田島を見て後悔した。

っ・・・くそ・・・っ

大体、今日は田島に会いたくなかったのだ。
・・・いや、会わなければならなかったし、会う必要もあったけれど、できるだけ、花井は田島を避けたかった。

その原因は田島にある。


next


[TOPへ]
[カスタマイズ]




©フォレストページ