短編・詩

□道化と雑用
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2 『信じて欲しくて言ったんじゃないんだ』


 まるで呪いだ。人の前に出ると、声が出なくなる。喉が詰まる。
 気持ちを伝えるのは表情、パントマイム、音楽。文字は……知らない。
 雑用係の彼がよくこちらを見ているのは知っていた。何度か話し掛けられもした。だけど声が出ない。
 衣裳もメイクも無い、本当の自分で本音を言えたら良いのに。苦しさを隠すために道化の少年はおどけて見せる。

 声は出ないけど、伝える方法はひとつじゃない。

 少年は独学で学んだ文字を使ってみた。雑用係の彼からしっかりした反応があった。
 よかった。通じた。
 伝わる事の喜び。
 しかし声の出ない説明は難しい。確か人魚姫は――

『こえをとられたからしゃべれない』

 紙の端に小さく書いた呟きに、雑用係の彼が反応した。
 そうだねと、少年は返す。貼り付けた、寂しい笑顔で。
 ぴょこっと跳ねておどけて見せて、役者小屋まで跳ねて行った。彼に気持ちを悟られないように。

 ああ、もう。信じてほしくて言ったんじゃないんだ。次に繋げる為の呟きだった。それを彼は読んでしまった。それだけのこと。
 それだけのこと、なのに。
 零れる涙。慰めるのは故郷の歌。
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