連なる世界

□記憶の本
2ページ/3ページ


「――もう、良いですよ」

 声をかけられ、ゆっくりと目を開く。
 外も中も真っ白だった本は、いつの間にか黒く変色していた。

「これで、終わりです」
「ありがとうございます!
 あのっ」
「この《記憶》はこちらで処理させていただきます」

 店主は客から本を受け取ると、奥の本棚へ納めた。棚の中には、濃淡の差はあれど、同じように黒い本がずらりと並んでいた。
 来店時とは打って変わって明るい笑顔で出て行った客を見送り、溜め息をつく。

「過去を忘れるのと失うのは……違うんだけどな」

 その呟きは、店内の静けさに溶けて消えた。







===========
:アペリの兄弟子、キルシュの店での話。
 過去を売った人は嫌な記憶を思い出さずにすむけれど、代わりに手に入れるのは空白。
 本に閉じ込めた時間(または期間)、記憶は無かった物となり、皆が共有している現実世界でも同様。よって部分的に《存在していなかった人》になる。
 そして、そのうちどうして空白なのかも分からなくなる。
 それってとても恐ろしい事だと思います。
次へ
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ