連なる世界
□記憶の本
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「――もう、良いですよ」
声をかけられ、ゆっくりと目を開く。
外も中も真っ白だった本は、いつの間にか黒く変色していた。
「これで、終わりです」
「ありがとうございます!
あのっ」
「この《記憶》はこちらで処理させていただきます」
店主は客から本を受け取ると、奥の本棚へ納めた。棚の中には、濃淡の差はあれど、同じように黒い本がずらりと並んでいた。
来店時とは打って変わって明るい笑顔で出て行った客を見送り、溜め息をつく。
「過去を忘れるのと失うのは……違うんだけどな」
その呟きは、店内の静けさに溶けて消えた。
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:アペリの兄弟子、キルシュの店での話。
過去を売った人は嫌な記憶を思い出さずにすむけれど、代わりに手に入れるのは空白。
本に閉じ込めた時間(または期間)、記憶は無かった物となり、皆が共有している現実世界でも同様。よって部分的に《存在していなかった人》になる。
そして、そのうちどうして空白なのかも分からなくなる。
それってとても恐ろしい事だと思います。