短編・詩

□雨の交差点
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  『雨の交差点』


 事の始まりはある友人の死。
 僕の周りで起こり始めた奇妙な出来事。
 初めは交差点での信号待ち。


 夜の十一時過ぎ、その交差点を行き交う車は少ない。町自体人口が少ないので、こんな時間に出歩いているのは巡回の当番の人くらいだ。歩行者も車も通らない、信号だけがそこに立っている交差点は、たまに暴走車が駆け抜けていく。

 
 僕が着いた時、信号は点滅していた。雨が傘を叩く音を聞きながら左右を確認し、渡ろうとした。

「通夜だったんですか」
「!?」

 さっきまで僕一人しかいなかった交差点で、突然どこに行っていたかを言い当てられ、僕は飛び上がりそうになった。後ろを振り向くと、僕とそう歳の変わらない女性が一人。――この女性と出会い、僕は待たなくてもいい信号を待つことになってしまった。

「どうして僕が通夜へ行ったと?」
「だってあなた、まだそんなに若いのにスーツ姿で線香の匂いと暗い顔――これだけ揃っていれば、誰だって分かるわ」

(く、暗い顔!?)

 人が死んだんだから、それこそ誰だって暗くなる。でも、人に言われるほど暗くなっていた自覚はない。

「表情や仕草ってね、とっても難しいものよ。どれだけ頑張ってもなかなか直せない曲者。小さなことから心の中を読まれることもある。例えば、さっきの貴方のように、ね」

 彼女はそう言って僕に微笑みかけると、前を向いた。
 少し、失礼にならない程度に観察してみた。
 長い黒髪、白く透き通った肌、大きな瞳、

(まつげも長い)

 ちょうどその時、信号が変わった。

「渡りましょうか」

 彼女が歩き出す。
 歩行者用の信号は青。車道の信号は赤。
 狙っていたかのように暴走車が、今、道路の真ん中を歩いている彼女めがけて走ってきた。
 何も考えていなかった。何か叫んでいたかもしれない。僕は飛び出し、彼女を庇おうとした。

 体に強い衝撃を感じた。


 車は逃げてしまったらしい。もうエンジン音は聞こえない。アスファルトの上に転がった傘は、雨に叩かれつづけている。
雨と一緒に、声も降ってきた。

「私達の仲間、増やすのは簡単なんだよ」

 長い黒髪が笑ったように揺れたのを見て、ようやく僕は気付いた。
 彼女の白く透き通った肌――あれは美白なんかじゃない。
 猛スピードで突っ込んで来た車――運転手にはは本当に見えていなかったんだ。
 この交差点での死人の多さ――それは先に死んだ人が道連れを欲しがっていたから? でも、

「どうして……僕、なんだ?」
「貴方の友人に頼まれたのよ。これで貴方も私達の仲間入りね」

 そんな……僕はまだ生きていたかった。なのに、もう、言葉さえ出ない。言い返せるほどの力がない。
 ただ、雨の音と遠ざかる笑い声を聞いているしかなかった。


 冷たい雨と、暖かい血の流れる中で、僕は眠ってしまった。



  終

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