連なる世界

□記憶の本
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 店の扉が静かに開いた。

「すみません……」

 控えめな呼びかけをした客は、一度店の中を見回した。不思議な空間だ。何に使うのか、用途の不明な物も多い。
 扉を半分開けた状態で店側からの返事を待っていると、頭上から人が降ってきた。

「さっさと閉めて下さい。店が機嫌を損ねます」

 華麗に床に着地した彼はどうやらここの店員らしい。
 店が機嫌を損ねるとはおかしな事を言うと思いながらも、客は素直に扉を閉めた。
 目だけで確認をして、店員は口を開く。

「店主の――キルシュです。ご要望は何でしょうか」

 名前を言うのに時間がかかったということは、偽名だろうか。表情、声の調子から、早く終わらせたい気持ちが伝わってくる。

「……すみません。もしかして、忙しかったです、か?」
「いいえ。貴女が気にする程の事でもないです」
「そう、ですか。
 実は……過去を、買い取って頂きたいのです」
「は……」

 店主の動きが一瞬止まった。しかしすぐに力無く頷いた。

「ええ。出来ますよ。しかし、それは貴女にとって苦痛になるかもしれません」
「良いのです」

 客は俯き、胸元に当てた手を固く握った。

「忘れられない苦しみより、私は――」
「結構結構」

 貴女の事情などどうでも良いといった風に、店主は客の話を遮った。棚から取り出した白い本を客に手渡し、消したい記憶をその中へ押し込むように言う。
 客は目を閉じ、白い本を額に当てて念じた。嫌な記憶、嫌な感情、全て押し込めようとした。
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