連なる世界

□決心と別離
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「素直に、まっすぐに生きて」
 かつて自身がそうされたように、優しく抱き寄せ耳元で囁くと、幼い歌姫を師匠に預けて旅人は再び扉をくぐった。

『決意と離別』

 朱く燃える夕日を横切って、鳥は巣を目指し羽ばたく。
 石畳の通路を東へ歩く。その足取りは、僅かに緊張しているようだった。
 遠くから歌が聞こえる。高く伸びやかに紡がれる歌声は、街に時間を知らせる役割もあるらしい。
 夕日の光を受けて、神殿の柱が輝く。
 胸にかけたペンダントの鍵を手の上で転がして、心を決めた強い瞳で前を見つめる。
 一歩踏み出し、神殿の扉に手をかけようとした時、背後から声をかけられた。
「そこで何をしている」
 アペリはゆっくりと振り返り、相手を見て息をのんだ。あまりに見知った顔だった。懐かしさと、僅かな恐怖心。動揺を悟られないよう、腹に力を込めて答えた。
「この国の守護神に――」
「ここは関係者以外が立ち入ることは禁じられている」
「……ええ、知ってます」
 若葉色の瞳と常盤色の瞳が互いを映す。風が橙色に輝く髪を揺らす。
 声に魔力を乗せて、一節を歌う。付近に漂っていた精霊が歌に応じて相手の動きを抑え込んだ。
「なっ!?」
「ごめんなさい。僕は、あなた達が……嫌いでした」
 自身に起きている現象とアペリの言葉の意味を把握出来ないまま、男は地に伏した。
 見下ろすアペリは静かに告げる。
「偽りの神と生贄の歌姫の因縁は、《無邪気な生贄》(アペレース・シシア)が終わらせる――おばあさまはそう言ったそうですね?」
「お前……まさか……っ待て! おい! 行くな!!」
 張り上げられる制止の声を背に、神殿の入り口を閉じてアペリは前を向く。
 静謐な空間。月明りと清らかな水の流れる音が満ちた大広間。鳥籠の中、花を模した寝台の上、カミサマと崇められる闇が目を覚ます。血を思わせる暗い赤色の瞳が、広間の入り口に立つアペリをとらえた。
 相手が言葉を発する前に、アペリは歌を紡いだ。波間に揺蕩うような旋律が空間を包み込む。
 起きようとしていた闇はゆっくりと、再び横たわり、目を閉じる。
 春の陽気のような軽やかな歌声は、蝶が舞うリズムで光の紋様を刻む。大広間の中が明るさを増した。
 異変に気付いた闇が起き上がり、術を組み上げているアペリを捕らえようとしていた。
 ひらりひらりと避けながら、ついに歌い切った魔術師は唱える。
「太陽と月の円舞曲。光の檻は牙となり刃となり、
光の籠は花となり葉となり、闇を包む。――第四節《月匣》」
 耳が痛くなるほどの高い金属音に、一瞬闇が動きを止めた。何かに気付いたらしい。口角が引き上げられる。
 カミサマの入っている籠がまばゆく輝き、内外を隔てる。
「ねえ、君でしょシシア……ボクのシシア!」
「ちがう! 僕はアペリティフだ。もう、無邪気な生贄じゃない」
「帰ってきたんだ。かわいいボクの歌姫」
「……戻ってきたのは、壊す為だよ。もう、終わらせたいんだ」
「何を望む? 願ってよ。叶えてあげる!!」
「――いらない。偽りのカミサマなんて要らない!! この国から……世界から消えろ!」
 例えそれが故郷を滅ぼすことになっても――。
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