連なる世界

□愚かな道化は泣いた
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「カンパーイ!」
 複数のジョッキがぶつかり、泡が飛ぶ。賑やかな酒場で中央に立ち謳うのは一人の旅人。明るい茶髪がふわふと揺れ、若葉色の目は光をたたえている。紡いだのは希望の歌。力強く、明日を歌う。
「さあさ飲んで飲んで!」
 次々注がれる酒は、歌っている旅人にも渡された。
「ようアペリ! 楽しんでるか?」
「もちろん!」
 笑顔で受け取り、別のテーブルで談笑している客に話しかける。
「やっほー! 飲んでる〜?」
「おうよ! お前も一緒に飲もうぜ!」
「もう一曲歌ったらね」
 さりげなくテーブルにジョッキを置いて離れれば、酔った客は気付かず飲み干してくれるだろう。
 アペリが再び中央に立ち、声が響くと周囲からは手拍子と共に合いの手が上がる。今度は酒場にふさわしく、酒飲みの歌だ。
 男も女も、時を忘れて飲み、食い、歌い踊った。希望に満ちた明日が来る。誰もが疑わなかった。
 こっそり宴を抜けて自室に戻ったアペリは、窓から見える月を睨む。
 ベッドの上にいた黒猫が呼び掛けるように鳴く。わずかな光も反射する緑の目は、心配そうにアペリを見つめていた。
「まだ終わっていない──けど、もう、僕には何も」
 俯いて溢した言葉には、悔しさが滲んでいた。黒猫がどう言葉をかけようか迷っている間に、歓声は悲鳴へと変わった。
 大きな音をたてて階段を駆け上がり扉を開けた男は目を見開き、自身の喉を掴んで、崩れ落ちた。
 冷たい月の光に照らされる部屋の中、徐々に小さくなっていく階下の喚声から逃げるように耳を塞いだアペリは待った。
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
 ひたすら繰り返される謝罪の言葉。
 村人にかけられた、“滅びの魔女”が残した 呪いを完全に解くには至らなかった。彼らと出会った時点で既に手遅れで、力不足だった。
 だから演じた。聖なる賢者の役を。
 一時的とはいえ、村人の不安が薄まれば良いと思った。後で怨まれても仕方ないと思った。
 愚かな道化は泣いた。
 朝日の差し込む酒場の中央に立ち、紡いだ歌は鎮魂歌。倒れた村人達の体から呪いの痣が黒い靄となって消えていく。
 今度はアペリが呟いた呪文に応えるように、小さな火がそこかしこに点いた。火は徐々に大きくなり、炎となって悲劇の舞台を包み込む。
 朝焼けと燃える酒場を背に旅人は歩き出す。後ろをついていく黒猫が、一度だけ振り返って、短く鳴いた。




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