赤湖
□奪回編
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舞台は王都。
街の北に城、郊外の西側には大きな湖があり、山肌に沿って造られているので、街の中は大通りを例外とし、基本的に坂道や階段が多く、複雑だった。
しかし、迷路のような街中でさえ、迷う事なく走り抜ける人物がいた。
それが彼《アルフェリア》――。
* * *
石畳の道から外れて、舗装されていない道を進むと、そこではいつも二人の子供が遊んでいる。
今日は謎かけをしていた。
「ね、これ分かる?」
「どんなの?」
女の子の言葉に、男の子は興味津々といった風に聞いた。
「《赤い鬼と茶色い鬼、どっちが先に怪我をしたでしょうか?》」
「えっと…」
ちょうど答えにかぶるように聞こえてきたのが「りんごドロボー!!」という罵声。
二人が顔を上げると、りんごを抱えた人が風のように走って行った。
その後を、商品を盗られた店主らしい――おじさんが追い掛けていく。
「……」
二人は見慣れた風景だと言わんばかりに落ち着いて、彼らが走り去るのを見送った。
「……アル、だいじょうぶかな?」
「剣、持ってたけど…」
「戻ってくるかな?」
「待ってみようか」
二人は《アル》が戻ってくるのを待っていた。
薄暗い路地に足音が響く。
走りながら後ろを振り向き、追っ手の様子を窺った。
相手は既に息を切らせていた。
走るのを止めて男の方を向く。その体には、いくつかの擦り傷のようなものがある。
「……やっと、観念したか」
にやりと笑いながら言う男に、アルは何も言わず、持っていたりんごに噛り付く。もちろん金など払っていない。
(この若造めっ小馬鹿にしおって)
男は目の前でりんごを食べているアルに飛び掛かった。
アルは慌てる事なく彼を避け、腰に差していた剣を抜くと振り下ろす。
「ぐっ…」
地面に崩れる男を残して、何事も無かったかのようにアルはその場を去った。
二人はりんご泥棒が戻ってくるのを待っていた。
歩いてくる足音が聞こえて顔を上げると、りんご泥棒は何事もなかったかのように戻って来た。
「アル、大丈夫? けがしてる…」
心配そうに言う女の子に、アルは笑って答え、残りの二つを二人の目の前に出した。
「食べる?」
「「食べる!」」
二人は喜んでりんごを受け取り、一緒に座り込んだアルに聞いた。
「アルを追い掛けてたおじさんは?」
「道の向こうで寝てる」
「寝てる?」
「斬っちゃったんじゃないの?」
「カズサ、お前そんなに俺を人斬りに仕立て上げたいのか」
「そうじゃなくって……」
焦るカズサを見て「冗談だ」と笑ったアルは、肩に掛けていた剣を下ろし、鞘から抜いて見せた。
真っ白な刀身が陽にさらされる。
「余程追い詰められる事が無い限り、街の奴らに刃を向けるなんて事はしない。一応研いではあるけど、今の所は誰も斬ってない」
アルが持っているのは、王都で昔主流だった『ラフロイル』という鉱物で出来ている剣。
それは白く、鋼の剣と比べ、軽い。研ぎ方によっては鋼の剣より鋭く、よく切れるようになり、丈夫な割に軽いので、力のない者でも持てる。
今はこの国も、外から入ってきた武器を使っている為、『ラフロイル』製の物を使う人は珍しいと言われるほどになっていた。それでも昔の物を使うのはこだわりか、もしくは――。
アルは剣を鞘に仕舞った。
時計塔の鐘が鳴り、夕刻を告げる。
「アルは……今日はどこで寝るの?」
「どこだろな。……何? 泊めてくれるの?」
「うん」
アルはオレンジ色の空の下、露店の広がる通りの方を見た。
「どこら辺?」
「今は東の小路抜けた所」
「了ー解。先行ってて」
伸びをして歩き出す。
「食糧調達してから行くから」
空がすっかり暗くなった頃、アルは背中に袋を担ぎ、追っ手の腕をかい潜りながら走っていた。
後ろにはアルに殴られてボロボロな人達。盗まれた物を取り返そうと、追いかけ続けている。
「そっち行ったぞ!」「回り込め!」「今日こそは……!」
荷物が突然重くなる。
「捕まえたぞ!」
後ろにいる奴が喜々として声をあげたが、生憎捕まるつもりはない。
足が止まる前に、荷物を掴んでいる奴の鳩尾(みぞおち)辺りを確認もせずに鞘で打った。
荷物を掴んでいた手が離れ、やっと軽くなったと思ったら、追っ手が前方にもいるのが見えた。
「……しつこい」
アルは入り組んだ道の、建物の角を曲がった所で地下の入口に向かって飛び降りた。
「どこ行った!?」
遠くの方から声が聞こえた。
「ここにいるよ……お前らには捕まえられないだろうがな」
アルはぽそりと呟いた。
既に「東の小路」に入っている。
後はひたすら走るだけだ。
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