*2009.11.15発行/P30
醍醐は、凄いくらいの花盛りだった。
到着が遅かった為辺りは既に夕闇の帳に覆われつつあるが、それでも在るか無きかの残照に花弁が美しく映えている。
三成は暫らく言葉も忘れ周囲を見ていたが、突然「ああっ」と叫ぶと頭を抱えた。
「殿、どうなさった」
「今これほど美しく咲いているとすれば、当日はかなり散ってしまっているのではないか」
困った風に眉を寄せる三成を、左近が笑った。
「大丈夫ですよ。ここのところ気温も安定していますし、嵐らしき気配も無い。まだ散りはしないでしょう」
ほら、と左近に促され前方を見れば、一際大きな古木が闇を払うかの如く、繚乱と咲いていた。
「一体ここで、何百年間咲き続けてるんでしょうかね」
左近は古木の幹に触れ、夕闇を埋め尽くす桜を見上げる。
共に見上げる三成の瞼に、唇に、ゆったりと包むように淡い色の花弁が舞い落ちた。
「この老木から見れば、俺たちのような人の営みなど、小さなものに過ぎんのだろうな」
「そうですね……だが桜から見れば我々は汲々としてように見えるんでしょうが、此方はそれが結構幸せだったりするのかもしれません」
そうやって人は生きてきたんですから、と左近は三成を振り向く。
左近も幸せだったのだろうか。そうであれば良いと、三成は名も無い老木に願う。
「願わくは花の下にて春死なむ……」
左近が、西行の古歌を唇にのせた。その肩にも黒髪にも、淡い色をした花弁がさらさらと降る。
三成にも同じように降っているのだろう、左近は三成の肩を手で払う風にし、微笑んだ。
「桜も殿を、慕っているようですな」
「馬鹿な。俺を好いているものなど、そうはおらぬ」
「そうとも限らんでしょう」
―気付いておられぬだけで、貴方をずっと慕っている者もおります。
誰ともなく左近は呟くと、桜に目線を移した。三成も釣られたように古木を振り仰いだ。
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